『黒い海』伊澤理江(書評)
【5月23日 記】 この本は多分 SlowNews の note で知ったのだと思う。そもそも SlowNews で連載していたようだが、その当時は知らなくて、本が発売されたタイミングで知った。
2008年に太平洋上で沈没し、17名の乗組員が亡くなった漁船・第58寿和丸に関するルポルタージュである。
特筆すべきは、これは子供の頃から船や漁業が好きだった少年が船舶評論家や海上交通ジャーナリストになって書き上げたというような書物ではなく、それまで船とも漁業とも全く接点のなかった女性が、たまたまこの事故のことを知って、そこから猛烈な熱意と根気をもって調べ上げた著作だということだ。
それほど荒れてもいない海で、安全な体勢で停泊していた漁船が、突然衝撃を受けて沈没し、真っ黒な油が大量に漏れて、一命をとりとめた人たちも油まみれになった。しかも、近海に同じ船団の船が何艘も停泊していたのに沈んだのはこの船だけである。
船や漁業の知識が全くなかった著者が、多くの関係者の話を聞き、多くの書物や公開文書を調べた結果、やはり巷で言われていたように潜水艦とぶつかったとしか考えられない。
しかし、国の調査期間は、まさに何かを隠蔽して糊塗するように「波を受けて転覆した」という結論を出した。それとは真っ向から矛盾する生存者たちの証言は完全無視である。
そんなことを後から知った著者は、船舶を所有していた会社の社長の無念を引き継いで、執拗に食い下がり、状況を洗い出し、少しずつ事実を追い詰めて行く。
しかし、この作業は実は未だ完了していない。(日本を含め)どこかの国の機密兵器が関係しているとなると、そう簡単に事実が暴けるものではないのだ。
しかし、ここまでのところを読んでも、この本はめちゃくちゃ面白いし、著者の使命感に力強く賛同してしまう。
非常に良質な、調査報道の手本みたいな本である。その一方で、国家というものの理不尽と、それに連なる関係者たちの無責任と怠惰に腹が立つ。
ただただ著者の努力が報われる日が来ることを願うのみである。
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