『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈(書評)
【2月16日 記】 『成瀬は天下を取りにいく』の続編である。とにもかくにも前作を読んで僕は成瀬あかりに心酔してしまったのである。
前作では中学2年から大学受験を控えた高校時代までの成瀬あかりが描かれていた。
作者の宮島未奈が京大卒なので、きっと成瀬も京大に行くのだろうと思っていたら、今作では大学受験の少し前から始まり、果たして成瀬は京大生になった。京大生になったが成瀬は何も変わらない。
ただ、僕らは前作で成瀬の突拍子もない行動をとことん満喫してきたので、今作で成瀬がびわ湖大津観光大使に応募しようが、フレンドマートのレジのバイトをしようが、京大受験の日に見ず知らずの男子学生を拾って来ようが、あるいは紅白歌合戦に出場しようが、残念ながら前作ほどのインパクトがないのは確かではある。
また、前作での M-1グランプリに出るとか、高校在学中は髪の毛を切らないといった奇行と比べると今作のエピソードは少し穏やかでもある。
ま、成瀬も少しずつ大人になってきたということだろう。
ただ、その人柄は相変わらずとんでもなく魅力的なのである。ぶっ飛んでいる一方で常識をわきまえており、ぶっきらぼうなようで優しさに満ち溢れている。
僕は小説に教訓を求めたりするのは大っ嫌いだが、でも、ひょっとして「私はどうして皆と違うんだろう?」みたいなことで悩んでいる若い人が読んだら、「皆と違ってたって構わないんだ!」と勇気を持って言えるようになるかもしれない。
いや、この小説はそんなところに留まらない。「皆と違ってたって構わない」んじゃなくて、一人ひとりが違うってことはこんなにステキなことなんだ! その個性の違いをお互い尊重して生きることはこんなに心地良いことなんだ!──と、身に沁みて思うと思う。
今回は冒頭の章が成瀬の近所に住む小学四年生・北川みらいの一人称で始まって、「おう、そんなところから始めるのか!」と、少し虚を突かれた。
そして、次の章は、一人称ではないが、なんと成瀬の父親である慶彦の視点で記述されている。
他の章も成瀬以外の登場人物の一人称で書かれている。これは成瀬を客観的に描こうとしているのではなく、他の人物の主観で成瀬を捉え直すという試みなのだ。
そこではたと、「あれ? 前作もそうだっけ?」と思って読み返したら、『成瀬は天下を取りにいく』もほぼ同じような構成であった。僕はこのことに気づいていなかったのである。だから、この小説は面白いのだ。
人は「客観的」などと軽く口にするが、でも、世の中に「客観」などというものが厳として存在しているわけではないのである。ある人の人となりや評価は、その人に対するさまざまな人の主観の集合体として固まってくるのである。そういう描き方がステキだなと思った。
3つ目の章は、ため口の成瀬にイラッとして彼女を避けようとする近所の主婦・呉間言実の視点で、彼女の一人称で語られる。成瀬の周りには当然彼女のように成瀬に反感を持つ人間もいるはずだ。でも、随分と時間をかけて、言実の認識も少しずつ変わってくる。
成瀬ってそういう、とても変なやつなんだけれど、とてもステキなやつなのである。僕は成瀬あかりが大好きだし、このようなキャラクターを産んだ宮島未奈に心から敬意を評したい。
もしも続編が出るなら、また買って読もうと思う。成瀬は 200歳まで生きると宣言しているので、あとどのくらい続編が出てくるのか楽しみである。
そして、できることなら手練の監督が映像化してくれないかな、などとも思う。
僕のイメージでは成瀬あかりは 10代のころの小林聡美、あるいは同じくティーンエイジャーだったころの井上真央とかなのだが、今の若い女優では誰にこの役ができるだろうか、などと考えてみる。森七菜とかかな?
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