『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』宗像明将(書評)
【1月10日 記】 これはムーンライダーズのファン/マニアにはたまらない本だ。逆に言うと、ムーンライダーズのファン/マニアでなければ面白くもなんともない本だ。
ムーンライダーズのファンではあるけれどマニアでない人は少ないと思う。彼らのアルバムを 5~6枚だけ持っている人は少ないはずだ。
「1枚聴いてみたけど好きな感じの音楽じゃなかった」とか、「1枚買って良かったから 2枚目を買ったが、それはあまりピンとこなかったのでそれっきりになった」とかいう人はいるだろう。しかし、3枚、4枚と買って気に入ってしまったら今度は全部ほしくなるはずだ。
僕は彼らのアルバムを全部持っているわけではない。つまり、ベスト・アルバムやライブ・アルバム、それにメンバーそれぞれのソロ・ワークやユニットとしてのアルバム、そして他のメンバーと組んだ他のグループの作品を全部取り揃えているわけではない。だが、少なくともムーンライダーズとしてのスタジオ録音のオリジナル・アルバムについては全部持っている。
アルバムが出るたびに毎回毎回傾向が違っていて、しかもそれぞれにこれだけ強い印象が残ると、どうしてもアルバムが出るたびに買い揃えてしまうマニアになってしまうのである。
彼らの作品に『マニアの受難』というのがある。僕はこの歌が大好きなのだが、ライダーズのファンになるのはまさにマニアの受難なのである。
この本は鈴木慶一の 72年の生涯を語ったロング・インタビューである。幼少期から現在に至るまでの 70年近くに亘るめちゃくちゃ濃い話が詳細に語られている。その詳細さに鈴木慶一の記憶力のすごさを感じずにはいられない。
聞き手/著者は宗像明将という音楽評論家。僕ははちみつぱいから全部リアルタイムで聴いてきたが、この人は中学時代に『9月の海はクラゲの海』を聞いてファンになったと言うから、そこそこ若いファンである。1998年に『20世紀のムーンライダーズ』(この本は僕も買って読んだ)でライター・デビューしたとある。
さて、僕も半世紀以上ムーンライダーズのファンをやっているとは言え、ここには知らないことがいっぱい書いてある。特にデビュー前の話には「そうだったのか!」という話が多かった。そして、意外な人たちとの交流が語られる。
もちろんこんなに長くやっているわけだから、多くのミュージシャンとの交流があるのは当然なのだが、「この人とそんなに深かったのか!」と初めて知ったケースも少なくなかった。
細かく事例を紹介しているときりがないので書かないが、彼(ら)の作品(がどうやって生まれたか)を巡るものすごく面白い話がてんこ盛りである。当然そこで語られる楽曲のかなりの部分を(ムーンライダーズとして以外の活動も多いので、残念ながら「ほとんどの作品を」とは言えないが)知っているわけだ。これはたまらない。
面白くて面白くて途中でやめられず、本を読む速度がそれほど速くない僕が 330ページに及ぶ大著を 4日で、と言うか 4回に分けて一気に読んでしまった。
ミュージシャンとしての鈴木慶一だけではなく、ほんの少しだが役者としての彼についても触れている。弟・鈴木博文が出てくるのは当然として、彼らの両親についてのエピソードも多い。唯一語られていないのは彼の結婚かな。
読んでいて、「あ、そうそう、K1さんの一人称は『私』なんだよな」と思ったり、「元妻の鈴木さえ子は常にさん付けなのか」と思ったり…。
編年体で書かれているので彼の歴史が順序よく頭に入って来るし、何と言っても巻末の年表がすごい! この本の資料的価値は計り知れないと思う。僕にとっては家宝になった。
インタビューの最後のほうで、彼は自分のことを「ずっとアンビバレント」と言っている。ファンならば非常に納得する表現だ。
そして、こうも言っている:「60歳を過ぎてからは、死刑囚だと思っている。いつ執行の日が来るかわからないから。それは覚悟している」と。
うーむ、自分のこととしては心底共感できたが、しかし僕は、鈴木慶一が死んでしまうことをまだ覚悟できてはいない。
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