『骨灰』冲方丁(書評)
【1月7日 記】 賞を獲って一躍名を馳せた作家であっても、自分が読まなければ名前をすぐに忘れてしまうものだ。だが、冲方丁については忘れなかった。その名前の漢字の読み方がとても難しかったからだ。
僕は彼の作品を読んだことはなかったが、彼の原作が映画化された『天地明察』は観た。世間ではあまり評判にならなかったが、僕はこの映画をとても高く評価していた。
で、この映画を観たおかげで、僕は彼のことを勝手にこんな作品、つまり時代がいつであれ科学を取り扱う作家だと思っていたのである。
そんな状態で、去年直木賞候補になった『骨灰』を読んでみたら、これは科学とは対極の「祟り」を描いた物語だった。
大手ゼネコンの IR部に勤める松永光弘が twitter に投稿された悪意のあるツイートの真偽を確かめるために降りた、渋谷に建設中の巨大ビルの地下で悪いものを引き込んでしまい、まずは誰も来ていないのに家のチャイムが鳴り、そのあと家には異臭が漂い始め、彼自身も死んだはずの父親に促されてどんどん異常な行動をしてしまうという話である。
となると、これは僕があまり好きな類の小説ではない。そうか、こういう話を書く人だったのか。これはちょっと「しまった!」かもしれないな、と思いながら先を読んだ。
しかし、確かに直木賞候補になるだけのことはあって話の進め方に卒はない。文章にも淀みはなく、松永がどんどん飛んでもない方向に引っ張られて行くのがとても怖い。そして、圧巻はラストの展開である。
ああ、こういう終わり方にするのか…としみじみ思った。これも怖い。
日本の裏社会を見せられた、などと言うと、みんな違うものを想像するだろうけれど、ここで描かれるのは確かに社会の表側には出てこない、どす黒い裏の社会の物語なのである。決して異界の物語ではなく、我々が生きて暮らしているこの社会の、我々には見えない裏側で動いているものが描かれている。とても怖い。
最後まで読んで、一気にこの作家の力量を認識した。
改めて Wikipedia を読んでみたら、「サイエンス・フィクション、ファンタジー、歴史小説、ミステリー、官能小説、ホラーなど幅広いジャンルの小説を執筆している」とあった。
あ、そうか、『十二人の死にたい子どもたち』もこの作家だったか。この作品でも直木賞候補になっていて、僕はこの映画も観ている。そして、2015年には別居中の妻への傷害容疑で逮捕されている。結局不起訴処分だったが、僕はこのニュースを見た記憶もある。
なるほど、これだけいろいろあったから名前を忘れずに来たのかもしれない。しかし、この本を読み終えた今、もう決して名前を忘れることはないだろうと思う。
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