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Thursday, December 21, 2023

『肌馬の系譜』山田詠美(書評)

【12月20日 記】 僕はデビュー当時の山田詠美には何となく反感を覚えていて、その後 20年間は全く読まなかった。それが『風味絶佳』を読んで一気に大ファンになった。

しかし、大ファンになった割には5冊しか読んでいない。そして、例によってどんな登場人物によるどんな話だったのかは、どの本についてもほとんど憶えていない。おぼろげに憶えているのは『風味絶佳』だけで、他の4冊については一切の記憶がない。

ただ、彼女がとても巧い作家であるということと、固定観念から自由な作家であるということだけは脳裏に焼きついている。

この本は『肌馬の系譜』というタイトルに猛烈に惹かれて買った。

僕も、この小説に出てくる多くの人物と同様、「肌馬」という言葉は知らなかった。そして、僕の辞書には「肌馬」という項目はなかった。ネット上の辞書にもなかった。これは雄の「種馬」に対する単語で、種付けされて子供を産む牝馬を指すのだそうだが、競馬用語? それとも、まさか作者の造語?

まあ、それはともかくとして、表題作は冒頭でも巻末でもなく、13篇収められているうちの最後から2つ目に置かれている。

冒頭に据えられたのは『わいせつなおねえさまたちへ』だ。如何にも山田詠美らしいエロい作品で嬉しくなる。

主人公は、祖母が所有するアパートの管理人である小島さんに性的な指南を受ける男の子。2人で覗きをする。この小島の言うことにいちいちポリシーが感じられて愛着が湧く。そして、主人公は覗きをしているから目が綺麗だと褒められるようになったと思っている。

ああ、こういうのは彼女でないと書けないなと思う。

2つ目も『F××K PC』というタイトルからしてエロい路線かと思いきや、いや、そういう要素はあるのだけれど、この F××K は単なる罵り言葉で、性的な意味はない。これは PC、つまり Political Correctness について語った作品である。

登場人物たちは延々と PC談義をしている。ただそれだけの話なのだが、僕が普段から PC に対して抱いていたフラストレーションを、まさに彼らが感じて語ってくれているのである。

だから、ここに書かれていることにはいちいち頷いてしまう。例えば、

そういう時、使われるのは「寄り添う」という言葉。これまた彼女の嫌いな「絆」同様、耳当たりが良い。

などと。僕は激しく同意する。

13篇にあまり共通のトーンはなく、非常に創作的な感じのするものもあれば、「これは小説ではなく随筆か?」と迷うものもある。どんでん返し的な結末を伴う話はない。でも、巧い作家、と言うより、良い作家だなあと思う。

『家畜人ヤプ子』には、まさに僕が普段から思っていたことが2つ書かれていた:

いばっている男をSと呼び、それに従う従順な女である自分をMとたとえるのは、今に始まったことではないが、肉体の快楽としてのSMを知ったら、人前で口にするのははばかられる。

僕は「肉体の快楽としてのSM」は知らないが、安易に SM という言葉を使うのはサド侯爵夫人やマゾッホに失礼だとずっと思っていた。

セックスとは無縁の単なる偏愛に「フェチ」という言葉を当てはめる輩も気に食わない。愛好家どまりのくせに、得意気に自らを「フェチ」と呼ぶのも何か重大な言い誤りのようで、正したくなるのだ。

これもまさに僕が以前から思っていたことだ。マルクスの『資本論』では「物神性」とか「呪物的性質」などと訳されている、非常に重い言葉なのである。

その辺りのことから、この作家の言語感覚が僕にとても近いということが分かった。そして、この短編集の中でしばしば語られる音楽の趣味についても、彼女と僕はそこそこ近いということも知った。

ムーンライダーズのアルバム名じゃなくて、六十年代、ヒッピームーブメントの話。by・ジェリー・ルービンね! Anyone付き。

なんて、ライダーズのコアなファンでないと意味が分からないだろう(笑)

そして、音楽やテレビ番組について他にもいろいろ出てくる話題を読んでいて、初めてこの作家が自分と同世代なのだということを痛感した。

作品の本質的な議論からは随分外れてしまったが、長くなりすぎたのでこのままこの文章を閉じようと思う。詳しくは書かないけれど、現代社会の歪みを極めてフラットに指摘した、とても後口の良い作品集なのだ。最後に僕が痺れたフレーズを書き写しておこう:

私は、正義の味方にはなれそうもない。だって、小説家だもの。
(『MISS YOU』)

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