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Saturday, December 09, 2023

『処女の道程』酒井順子(書評)

【12月9日 記】 TBS をキー局とする JNN では JNNデータバンクという全国消費者調査を 1971年から実施しており、同じ設問に対する回答の変化を長期間に亘って辿ることができる。

MBS編成部で僕が調査の仕事に携わっていた時には、その中に「女性は結婚するまで純潔を守るべきだ」という設問があった(この設問がいまだにあるのかどうかは知らない。「純潔」という言葉の意味も今の若い人たちにはもう分からないのかもしれないので、設問は残っていたとしてもワーディングが変わっているかもしれない)。

で、この設問に対する Yes の回答率の変化は大変特徴的であったのが印象に残っている。

人の意識というものは時代とともに当然変化するものだが、それをグラフにすると、長期的に増えるにしても減るにしても、大抵は細かくジグザグしながらの変化になる。ところが、「結婚するまで純潔を守るべきだ」と考えている人の比率は 1971年からその時点まで一辺倒に右肩下がりであったのだ。人の意識の変化がこれほど如実に現れる調査結果というものはそうそうあるものではない。

前置きが長くなったが、そういう意味で僕は、人々の貞操観と言うか処女崇拝と言うかは一辺倒に解放、あるいは低下に向かって進んでいるものだと何となく思い込んでいたのであるが、全くそんなことはなかったのだということを、この本を読んで思い知らされた。

そう言われれば確かに、高校の古典の授業で読んだ文学の中では男女の性に対する意識はかなり解放的だったということは思い出した。この本によると、鎌倉時代までは貞操観念はそれほど強くなかったとのことである。それが武士の時代になり、儒教が流行したことなどによって引き締められたのである。

そして、それはまた緩くなったり、また厳しくなったりして、今は「性が解放し尽くされた結果、『もういいや』と引き返す人が出はじめた」時代なのだそうである。この本を読んで、その行ったり来たりの具合に驚いたのである。

そして、もうひとつ。与謝野晶子という人は、『みだれ髪』に見られるような情熱的な歌を詠んだ人であり、まだ恋愛がそれほどポピュラーでなかった時代だけに、僕は性に関してもかなり進歩的な人だったんだろうと勝手に思い込んでいた。

ところが、この本によると、彼女は熱烈な処女の純潔信奉者であり、彼女がライバル視していて未婚の非処女であると思われていた平塚らいてうに対して、あなたはどこそこで誰それとやったと言われているがそれは本当なのか?と雑誌上で名指しで糾弾していたと言うからびっくりである。

この本はそんな風に過去の文献や、明治以降は婦人雑誌の特集記事や読者投稿などをつぶさに分析して、性に対する意識変化の歴史を俯瞰的に著したものである。

例えば、

戦国時代末期にポルトガルから来日した宣教師ルイス・フロイスが「日本女性が処女性を軽んじていることにいたく驚いた」とか

明治時代には「キリスト教におけるセックスに対する考え方が、男女交際論にも影響して」結婚前の男女がセックスするなどもってのほか、という考えが広まったとか

与謝野晶子が「私の貞操は道徳ではない。私の貞操は趣味である。信仰である、潔癖である」と書いていたとか

1920年代には「『童貞である』ということを一つの誇りとして守る男性がいた」とか

大正時代には山川菊栄という人が「とにかく『貞操』で女は喰って居るのですから。『貞操』は唯一の商売道具ですから」と言っていたとか、そのことについて著者は「今の我々は、『貞操で喰える時代があったんだ…』と遠い目になる」と書いていたり

昭和のモダンガールによって「江戸時代まで庶民が持っていた性的な自由さが、ここに復活した」とか、しかし、「貞操を極端に守るタイプと、極端に守らないタイプに二分化していた」とか

昭和十年代には「厳しすぎる貞操観念が影響して」「同性との恋に走る女性の姿が目立つようになった」(所謂「エス」)とか

1930年代後半までは女性がパンツをはく習慣はまだ定着していなくて、「必ずズロースを穿くこと」によって「命に代えても貞操を守る」ように言われたとか

戦時中には「二夫に見えず」よりも「産めよ殖やせよ」のほうが重かったなど

あまりに長くなってきたので、戦後の動きについては割愛するが、ともかく僕がちゃんと認識していなかった驚きの事実の連続である。

そして、この本の一番のポイントはそんな事実を単に抜書きしているだけではなく、その時代それぞれの貞操観や処女観についての矛盾点や理不尽さを正確に指摘していることである。

一度お読みになればそういうことを改めて考え直すきっかけになるだろう。一応言っておくと、僕は生涯を通じて処女信仰的な考え方は一度もしたことがないが。

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