『パン工場はワンダーランド』野村雅之(書評)
何を隠そう、僕が住んでいるマンションの前の管理人さんだ。
僕は以前 note に『僕が人生で遭遇した最強のマンション管理人の話』という文章を書いた。
そこでは偽名になっているが、まさにその人こそがこの野村雅之さんである。
野村さんがウチのマンションの管理人を辞めて3年半ほど経つが、突然野村さんからハガキでこの本を上梓したことを知らせてきた。それで初めて、彼がその後パン工場の深夜アルバイトで食いつないでいたことを知った。
これはそのパン工場での体験記である。
いやはや、まことに野村さんらしい文章で嬉しくなってしまう。野村さんを知っている人なら間違いなく楽しんで読めると思う。
しかし、野村さんを知らない人が読んだら面白いだろうか?そんなに面白いと思う人はいないのではないかという気もする。それよりも、彼はなんでこんな本を執筆したのか、出版社はなんでこんな本を出版したのかが不思議に思えるかもしれない。
note にも書いたが、野村さんはちょっと変わった人である。世間の人みんなに理解される人ではないかもしれない。うざいなと思って敬遠する人もいるだろう。そういうタイプの人である。
でも、この本を読めば判るように、これほどのいい人はめったにいない。全てを善意に解釈し、何事にもへこたれず、まじめに前向きに取り組んで行く。並の人間にはできないことを、それもいちいち嬉々としてやっている。そこが彼が愛される所以である。
別に巧い文章ではない。ただ、非常に野村さんらしい。それがおかしくもあり、懐かしくもある。
今回は、「豚もおだてりゃ木に登る」の効果が出た。
と野村さんは書いている。これだけなら別に何も変わったところはない。しかし、野村さんはその後こう続けるのである:
私は豚さんではなく、れっきとした人間であるが…。
そんなことは言われなくても分かっている(笑) 僕が読んでいるのが豚が書いた文章であるはずがないのだから。こんなことをわざわざ書こうと思う人はまずいないだろう。そこが野村さんなのである。しかも、豚に「さん」までつけて。
野村さんは年齢制限のあるこのパン工場でのバイトを 64歳で辞めて、今は地球温暖化防止活動推進委員をやっていると書いているが、それだけでちゃんと実母と義母の介護をしながら生計が成り立っているのかどうかは知らない。
こういう愛すべき人には幸せになってほしいなと、ただそれだけを思いながら本を閉じた。
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