『つまくんといっしょ』緒真坂(書評)
【11月20日 記】 この本はそこら辺の本屋では売っていない。所謂自費出版である。しかし、Amazon には置いてある。昔はそんなことは考えられなかったが、そういうことができる時代になったのである。
著者の名前は「いとぐち・まさか」と読む。僕がこの人を見つけたのは note である。目の付け所、表現ともにちょっと面白いと思ってフォローするに至った。
日芸出身で大学時代から小説を書いていろんな賞にも応募したが「佳作止まり」で、賞レースはもう諦めて、今は仕事をしながら小説を書き、このような形で出版を重ねているらしい。note には結構フォロワーもいて、「スキ」も集めている。
我が家からほど近い公民館的なところで講演をするというので聴きに行ったりもした。パワポを見せながら用意した原稿を読むというスタイルだったが、そこそこ面白かった。そして、帰りにそこで販売していたこの本を買った。
この本は前半が「小説といっしょ」と題した短編小説集になっており、後半は「妻くんといっしょ」というタイトルで、彼の奥さんについてのエッセイ集みたいなものになっていて、こちらは note にアップロードしたもろもろの文章に手を加えたものだそうだ。
彼は自分の奥さんのことを「妻くん」と書く。僕も twitter にはよく「妻もの」を書いていて、これが古くからのフォロワーさんたちには割合受けが良いのだが、彼の妻くんの話も結構面白いと言うか、妻くん自体が(天知茂をやたら検索していたり、ルーク・スカイウォーカーとジュンスカイウォーカーズを混同していたりするなど)面白い人なのである。
僕は現地に来ていた妻くんの手からこの本を受け取った。
何冊かある中からこの本を選んだのは、長めの小説だとひょっとしてつまらなかったらきついので、こういう細切れのほうが安心だと思ったのと、妻くんのシリーズはいくつか note で楽しく読んでいたので安心感があったからだ。
前半の短編小説集のほうは、それほどのインパクトはなかった。うむ、これでは賞も獲れないし売れもしないのかもしれない。しかし、「佳作止まり」ということは、逆に佳作は何度か獲っているということだ。それはそれなりの実績である。
ストーリーがうねる小説ではないので強い印象は残らないが、それだったら保坂和志なんかもそうだ。派手なストーリーだけが良い小説ではない。
講演を聴きに行った時のアンケートにも書いたのだが、僕はこの人は短い文章のほうが切れがあると思う。
いずれも「妻くん」からの引用だが、うたた寝をしていて目を覚ました夫に妻くんが、
「あなたの時間が動き出した」
と言うところとか、緒が中学時代によく読んでいた星新一が、妻くんの小学校の教科書に載っていたと聞き、
そうなのか。星新一はすでに教科書の作家なのか。顔写真に鉛筆でひげを描かれたりして、いたずらされる作家なのか(そういうことをする生徒はごく一部かもしれないが)。
時間はメダカのように素早く流れる。
というところとか、短い文章の中に一瞬のキラメキがある。
講演会にはかなりのコアなファンと思われる人も来ていた。却々捨てたもんではないのである。
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