『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈(書評)
【7月16日 記】 表紙のイラストを見て、ひょっとしたら安物のライトノベルかも、などと見くびって読み始めたのだが、それはとんでもない大間違い。いやぁ、面白かった。
気がついたら「成瀬がんばれ!」と拳を握りしめて声援を送りながら読んでいる自分がいるのに気づいた。
でも、多分そんな人たちばかりじゃないんだろうね。「こういう子、苦手」とか「こういうタイプ、大嫌い」とか言う人いるんだろうね。でも、そんなこと成瀬は全く気にしていない。
ここには6つの話が描かれている。そして、最初は中学生だった成瀬あかりが、最終話では大学受験を控えた高校生になっている。
滋賀県大津市膳所に住む中学2年生の成瀬あかりは、閉店が決まった西武大津店に西武ライオンズのユニフォームを着て毎日通い、それを毎日中継している地元テレビ局の『ぐるりんワイド』に映り込む。
そうかと思えばいきなり M-1グランプリに出場すると言う。
そのいずれにも幼馴染の島崎みゆきが巻き込まれる。成瀬があまりに突拍子もないことを言って突拍子もないことをやるので、同級生たちはみんな遠巻きにしているが、島崎はあけび幼稚園以来の腐れ縁だからとつきあってやる。
M-1 グランプリの結果は当然予選落ちだ。しかし、成瀬はどんなに島崎が足を引っ張っても一切島崎を責めず、「島崎が付いてきてくれただけでいいんだ」と心から感謝している。発想こそぶっ飛んでいるが、基本的に真面目で、前向きで、思いやりのある女の子なのである。
成瀬は 200歳まで生きると言う。冗談で言っているのではなく、本気だ。そのための地道な努力も惜しまない。
成瀬は礼儀正しい。そして、「挨拶は防犯の基本だ」などと年寄りじみたことを言う。
成瀬は期末テストで 500点満点を取ると言う。「日頃から口に出して種をまいておく」のだそうだ。大きなことを 100個言ってひとつでも叶えたらすごいと言われるとのこと。結果は 490点だったから「それってほら吹きとどう違うの?」と言うと、しばらく考えて「同じだな」と認める。
挙句の果てに「将来、わたしが大津にデパートを建てる」と言う。大言壮語もすごいが、郷土愛もすごいのだ。
成瀬の感性は突き抜けている。そして発言には何とも言えない味がある。サングラスをかけた島崎を「みうらじゅんみたいだな」と評するのだが、島崎はみうらじゅんが何者なのか知らない。
成瀬はある日突然、髪の毛が世間で言われているように本当に1ヶ月で1センチ伸びるのかどうか確かめるために高校在学中は髪の毛を切らないと宣言する。
そんな成瀬の喋り方を、僕は侍みたいだなと思いながら読んでいたのだが、作者は作中でこんな風に書いている:
RPG の村人みたいな口調に違和感を覚える。
ここにはそんな風に、この作者でなければ書けない表現がたくさんある。例えば、
成瀬はそう言ってガリガリ君ソーダ味をかじった。
普通ってなんだろうとはさんざん問われてきたテーマだが、目立たないことを普通と呼ぶのなら、成瀬は普通じゃない。
成瀬は島崎が東京に引っ越すと聞いた時の落胆を母親に伝えようとするのだが、
思いのほか短く説明できてしまい、成瀬の抱える気持ちとは釣り合わないように思えた。
と言う。この表現も言い得て妙で、めちゃくちゃ面白い。
18歳の成瀬が 30年後と言われて、つまり 30年後は自分は 48歳なので、「3つ先の年女になるまで」と考えたりする、そういう細部に面白さがある。
ともかく、僕はこの成瀬あかりのキャラに魅了されてしまった。僕は成瀬あかりが大好きだ。そして、こんな小説が書ける宮島未奈も大好きになってしまった。
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