『統計学が見つけた野球の真理』鳥越規央 (書評)
【5月14日 記】 我々の世代の小学生男子はほとんど全員が野球をした。人数が揃うとしょっちゅう野球をしていたものだ。当時は野球をせずにサッカーをしている小学生は変な奴だと思われた(中学に進学すると少し違ってくるのだが)。
そして、少年たちはほとんど例外なくプロ野球が大好きで、どこかのチームのファンだった。
僕もそんな少年のひとりだったのだが、僕はそれに加えて小学校のころから無類のデータ好きだった。まだ「データ好き」という単語で自分を捉えてはいなかったが、実際いろんなデータを眺めたりそれを分析することに興味があり、例えば新聞に載っているプロ野球選手の個人成績を見たりするのも大好きだった。
そんな僕だから、この本に嵌まるのは当然のことである。
一方、長いことプロ野球のデータを見てきたが、打率とか防御率みたいな馴染みのデータに加えて、知らないうちに OPS とか K/BB とか WHIP などという新しい指標が出てきている。これが憶えられなくて、その都度調べてはまた忘れの繰り返しだったのだが、この本を読んで漸く僕の頭の中で定着した。
この本は所謂「セイバーメトリクス」による、選手や球団を評価するための指標を、ひとつずつ丁寧に解説してくれる。それが僕には面白くて仕方がない。NPB の選手ではこうだ、みたいな例もふんだんに載せてあって、「なるほど!」と納得するばかりである。
ところが、読み進めていくと、「セイバーメトリクスの指標ってそんなにあるのか!」と驚くほど、次から次に聞いたこともない分析法や公式が出てきて、これはとても憶えられない。むしろ辟易かも。あなたもきっと分からないようになると思う(笑)
そんな話をすると、多分「人間のやることはそんなに簡単に数字で割り切れるものではない。データ、データでスポーツをこねくり回しすぎるといろいろな弊害が出るだけだ」みたいなこを言う人が出てくるだろう。
しかし、実際にデータをこねくり回して弱小貧乏球団を常勝チームに立て直した事例があったのだ。それが本書でも触れられているオークランド・アスレチックスの GMビリー・ビーンだった。僕はそのビリー・ビーンを描いた小説『マネー・ボール』を読んで大きな感銘を受けた。
(映画化された『マネーボール』も観たが、こちらは重厚な小説を2時間の映画にするためにかなり端折った印象があったのと、ビリーを演じたブラット・ピットのイメージに引っ張られて少し歪められた感もあって、今イチだった)
ビリーは金もなかったので他球団でくすぶっていた安い選手をトレードで得て、彼らを使って勝つことを考えた。そういう選手を選ぶ際に使ったのがセイバーメトリクスだ。
例えば彼は、それまで打率ばかりが注目されていた中で、打率は高くなくても出塁率が高ければ充分勝利に貢献するということを発見して、そんな選手をゲットして試合に出したら見事にその通りになったのだ。
そして、それが MLB各球団がセイバーメトリクスを導入するきっかけになったのである。
そういう事実を知った上で読むと、この本はまさに「なるほどな!」の連続なのである。
昨今では2番にバントの巧い選手を置くという戦法は次第に使われなくなっている。それは送りバントが必ずしも有効ではないことが、データ分析によって明らかになってきたからだ。1990年代に巨人の川相が活躍したのは、彼が単にバントの名手だったからではなく、出塁率も極めて高い選手だったからである──とか
先頭打者を四球で出塁させた時とシングルヒットで出塁させた時の失点確率には、統計学的に有意な差はない──とか
「ストレートの伸び」も「変化球のキレ」も数値化できる──とか
19度のアッパースイングで、ボールの中心の 0.6センチ下をインパクトするとこで飛距離が最大化する──とか
「無死満塁では点が入りにくい」というのは大嘘である──とか
UZR という指標で見ると、先だっての WBC で活躍したライオンズの源田が文字通り桁違いに守備が巧い(UZR の数値が NPB でひとりだけ2桁、しかも20超え)ということが分かる──などなど、もう面白いのなんのって!
いろいろ複雑な式も出てきて面妖に思うかもしれないが、とりあえず 長打率とOPS と K/BB と WHIP と QS 辺りのことがしっかり分かるだけでも読む価値はあると思う。
野球とデータが好きならなおのことオススメである。
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