Netflix『舞妓さんちのまかないさん』
【4月23日 記】 Netflix の『舞妓さんちのまかないさん』を漸く見終わった。夫婦で都合を合わせながら少しずつ見たので時間がかかったのだ。しかし、それにしてもなんでこんなに面白いのだろう?
何も起きないわけではない。しかし、シリーズを通しての大きなうねりと言うほどのものはないのである。
青森の中学を卒業して舞妓になろうと一緒に京都にやって来たキヨ(森七菜)とすみれ(出口夏希)が一応主人公だが、彼らの周りの多くの登場人物にそれぞれの悩みがあり、事件があり、ドラマがある。
群像劇と言うには主人公2人に焦点が当たりすぎかもしれないが、でも、根に喩えるとすればそれは大根のような物語ではなく、たくさんのひげ根がある物語である。そして、そのいずれのエピソードも結構心に染みてくるのである。
まず、舞妓さん周りの文化と言うか、因習と言うかが我々にはとても物珍しく、目を惹く。しかも、それらはいずれも画としてもとても美しいものなのだ。それに毎回のまかない飯がフィーチャーされている。
そう、一緒に上洛した2人のうち、すみれは早々と才能を認められ舞妓への道を着々と歩みだすが、キヨはからっきし素質がなく、諦めるように言われる。しかし、ひょんなことから彼女は「まかないさん」として屋形に居残るという話である。
この2人が良い。特に出口夏希が素晴らしい。良いシーンがたくさんあった。
例えば、(あれは第何話だったか)すみれが予定よりも早く舞妓になれることになって、早くキヨに知らせようとするのだが、彼女は銭湯に行っていていない。銭湯まで走るすみれ。そして銭湯の入り口でちょうど出てきたキヨを見つけ、キヨに報告をする。
そこで今まで自分のことで嬉しさ一杯だったすみれは、はたと気づくのである。この子は舞妓になるのを諦めたのだった、と。早めに舞妓に上がれるようになったと告げた途端、すみれはほんの一瞬言葉を飲み込んでキヨの顔を伺う。しかし、天真爛漫なキヨは間髪を入れず破顔一笑してすみれに抱きつく。
何が素晴らしいって、そういうことを一切台詞で説明していないのである。「キヨは舞妓になれなかったのに、私ばかり喜んでゴメンね」みたいな無粋なことは一切言わない。その仕草と言葉と間合いで、観ている者はそれを悟るのである。
こういう演出を維持してくれているドラマがまだ日本には残っていることを僕は大変嬉しく思う。そして、そんなしっとりしたドラマを、カメラが丁寧に丁寧に切り取って行く。撮影監督は近藤龍人である。
脇役のキャストがまた素晴らしい。屋形の「おかあさん」梓に常盤貴子、梓の母で先代の「おかあさん」(舞妓さんたちには2人とも「おかあさん」と呼ばれる)千代に松坂慶子。梓の娘・涼子に蒔田彩珠。
祇園のトップの舞妓・百子に橋本愛、一旦結婚して辞めたのに祇園に出戻ってきた舞妓・吉乃に松岡茉優。
その他、踊りのお師匠さんに戸田恵子、着付けなどをする男衆に北村有起哉、屋形のバーのバーテンダーにリリー・フランキー、梓に思いを寄せるが却々プロポーズできない建築家に井浦新、屋形に出入りするカメラマンに尾美としのり、すみれの父に高橋和也、キヨの祖母に白石加代子などなど。
単にビッグネーム、豪華キャストだというだけではない。上には記さなかったが他の舞妓さんや仕込みさん(舞妓修行中の身)を演じた役者まで含めて、一人ひとりがほんとうに見事な芝居をしていた。
ドラマは第9話ですみれが晴れて舞妓・百はなとしてデビューする日の朝食と夜食を描いて幕を閉じる。
原作の漫画のことは全く知らないが、これはやっぱり是枝裕和監督ならではの世界になっていると思う。なお、是枝裕和は「総合演出」となっており、各回の脚本・演出・編集は津野愛ら3人が当たっている。
いつも思うのだが Netflix にはキャストやスタッフの一覧を確認するページがないのがとても不便であり、とても残念である。
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