『引力の欠落』上田岳弘(書評)
【2月9日 記】 芥川賞を受賞した『ニムロッド』が面白かったのを思い出して、久々にこの著者の作品を読んだ。
僕が読みながらずっと考えていたのは、著者は読者に「さて、これは何を意味してるんだろうか?」「ここにはどんな意味が込められているんだろう?」「これは何かの比喩なのか?」みたいなことを考えながら読んでほしいと思っていたのだろうか、ということである。
僕はそういう読み方はしなかった。と言うか、普段からあまりそういう読み方はしない。
でも、「なるほど、これはあれの比喩で、あそこはこういう意味なのか!」みたいな感じで小説内のいろんなポイントが繋がって謎が解けて読書終了──というような読み方をしている人もいるんだろうと思う。
そういう読み方をする人には向いていない本だし、そういう人にはきっと許せない小説なんだろうなと思う。
事実 Amazon のレビューに「いつまでも物語は先に進まないまま終わりました」と不興を顕にしている人がいた。
そう、ある意味それはその人の言う通りで、これは何かが起きて解決するさまを追った「先に進む話」ではないのである。
僕にも正直、ここで描かれている世界が何なのかよく分からない。
CFO としていくつかの会社の立ち上げに関与し、成長した会社を売却することを繰り返して巨万の富を得た 30代の女性・行先馨。
その彼女が初めて失敗した会社の整理に協力する、いつも帽子をかぶっている弁護士のマミヤ。
YouTube や Netflix で怪しげな「幸福になる薬」を処方して売っているセロトニン・マエストロ JOE。
そして、第2次世界大戦中に水からガソリンを精製してみせようとした本田惟富。しかし、それは現代の行先や JOE と全然時代が合わないではないか、と思っていたら、なんと秦の始皇帝まで登場する。そして、9つのクラスターだとか、引力担当だとか、斥力担当だとか…。
どうも非常に複雑な原理に支配された非常に突飛な、現実なのが妄想なのか分からないような込み入った世界が描かれているようだ。『ニムロッド』よりも解りにくいのは間違いない。
確かに僕らはその設定を理解しようと読み進むのにかなり疲れるのであるが、しかしこの小説には、その一知半解の中で感じ取れるものがあるのもまた確かである。もしもそれが感じ取れなければ、それはただの「先に進まない物語」で終わってしまうのだ。
僕は読書というものは常に著者と読者の戦いだと思っている。
著者は自分が全く意識していなかったことも含めてどれだけのことを読者に伝えられるか。
読者は著者が全く意図していなかったことも含めてどれだけのことを読み取れるか。
──読書って、そういう競技だと思っている。
その競技のルールを知っている者だけが楽しめる本だったのではないだろうか。
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