『ギフテッド』鈴木涼美(書評)
【2月25日 記】 AV女優出身の文筆家と聞いて少し読んでみたら、そこら辺にあるタレント本みたいな文章ではなく、しっかりと書かれた小説のようだった。そうか、芥川賞候補作品だったのかと分かって、急に惹かれて読んでみたのだが、そもそもが慶應義塾大学の学生だったとは知らなかった。
ずっと折り合いの悪かった母親が病気になり、自ら死期が近いと悟って、娘を頼ってきた。その母を狭い自宅に住まわせ、後に病院に移し、そこで看取った娘の手記という体を採っている。
ここでは主人公はAV女優ではない。友だちのひとりとして「風呂屋の女」は出てくるが、主人公自身は体を売っておらず、従ってこの小説に赤裸々なセックス描写は出て来ない。
昔母親にタバコを押しつけられてできた火傷の跡を隠すためにタトゥを入れており、タトゥのために「風呂屋」には勤められないという事情もある。
彼女はキャバクラかどこかに勤めていて、多分新宿とか新大久保とかのゴミゴミした地域に暮らしている。どこかのビルにある彼女の部屋へと続く内階段のドアの蝶番が軋る音から小説は始まり、その描写はその後も何度か出てくる。
そういう雑音としか言えない環境音を小説のキーとして使うところが独特である。
昨日も同じ洗濯物の上で眠った。
みたいな表現が彼女の荒んだ生活を表している。
2週間前まで夏のようだった日差しも、今は日が沈んだ後の部屋の床をそれなりの温度に保っておくことすらしない。
みたいな表現は、気温についての単なる描写ではなく、軽い呪詛を感じさせる。
自分の唾液も、一度皮膚の外に出ると不快で不潔なもののように思える。
みたいな表現が自分自身に対するうっすらとした嫌悪感を含んでいる。
確執のあった母をいまだにまるで理解できない。でも、それなりの犠牲を払いながら彼女の世話をしている。
自殺してしまった友だちがいる。その友だちと男女の関係にあったのかどうかもよく分からないホストの店に行って、彼を指名してみる。友だちが飼っていた犬がどうなったのかを聞くためでもあった。
結構重い話だ。そして、その重い境遇に結構投げやりに対処しているからこそ、主人公は生きて行けるのだろう。
特に何かが起きるというほどのストーリーはない。けれど、読み進むうちに、生きるってどういうことなのかいつの間にか考えさせられている自分がいた。
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