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Thursday, November 03, 2022

『夜に星を放つ』窪美澄(書評)

【11月2日 記】 窪美澄の直木賞受賞作の短編集である。巧い作家だ。タイトルにあるように、全作に星や星座の話が絡めてある。

彼女の小説を読むと僕はいつも vulnerable という英語の形容詞を思い出す。通常は「弱い」とか「傷つきやすい」とか訳される単語だが、ニュアンスとしては「弱みを見せてしまっている」という感じなのだ。

英英辞書を引くと willing to show emotion or allow one's weaknesses to be seen or known という訳語に当たる(この辞書では第三義だったが)。

そう、そして、この to be willing to の主語は、もちろん小説の登場人物たちでもあるのだが、同時にそれは作者である窪美澄自身であるような気がするのである。

誰にでも弱いところはある。そして、通常はそれを隠そうとするので、他の人には本当のところが見えていなかったりする。でも、本当のところはこうなんだよと言っているのが彼女の小説であるような気がするのだ。

最初の『真夜中のアボカド』はコロナの自粛期間のテレワーク中に家でアボカドの種を水性栽培している OL・綾の一人称で語られる。綾は婚活アプリで麻生さんという男と知り合い、デートするようになる。そして、その麻生さんが星に詳しい。

綾には死んでしまった一卵性双生児の妹・弓がおり、その妹の彼氏だった村瀬くんとはいまだにちょくちょく行き来がある。ひょっとして、綾がこの2人の男性の間で揺れ動くような話かと思ったらそうではなかった。

結構悲惨なことになる。だが、それはこの小説の結末ではなく、そこから綾の語りはまだしばらく続く。そして、ひっそりと終わる。余韻たっぷりに。

2つ目の『銀紙色のアンタレス』は青春小説っぽい作りで、僕はこの中では一番好きだ。

主人公は真。高校一年生、水泳部だ。ここでも彼の一人称で話は進む。

真は夏休みに親と別れて海辺にあるおばあちゃんの家で過ごす。そこに幼馴染の朝日が訪ねてくる。朝日もおばあちゃんとは顔見知りだ。彼女は真と違って頭が良いので大学付属の私立高校に通っている。

おばあちゃんの近所に住む相川さんの娘のたえが離婚して小さな子を連れて戻ってくる。真は近くにいる朝日ではなく、年上で恋の相手としてかなうはずもないたえに惹かれる。

最初に書いたように、青春ドラマっぽい切ない進み行きである。ここでは真がたえに「夏の大三角形」について教えてあげる。そして星座占いの話をする。この話も余韻たっぷりに幕を閉じる。

こんなペースで書いているとスペースを膨大に使ってしまうので後は端折るが、『真珠星スピカ』は中学一年生のみちるの話。彼女は学校でいじめに遭っているが、彼女のそばにはいつも、彼女にしか見えないのだが、事故で死んだお母さんがそばについている。

4作目の『湿りの海』は離婚して一人暮らしの沢渡が主人公。彼の妻・希里子は通訳をしていて、職場で知り合ったアメリカ人とできてしまい、沢渡と別れて娘の希穂を連れて今はアメリカにいる。その沢渡が隣に越してきたシングルマザーの船場さんに惹かれる話。

雨の海辺で沢渡が初めて船場さんの手を握ったシーンで、こんな記述がある。

船場さんも僕の手をふりほどいたりはしなかった。海の中に雨が降っている。雨はもう雨ではなく、海水になってしまう。その境目はどこにあるのだろう、と僕は鈍色の海を見ながらぼんやり思っていた。

こういう一見何の関係もないような描写が繋がっている。関係がないようでもあり、何かの比喩のようでもある。ぼうっとして他のことに気を取られているだけにも見えるし、雨に自分を託しているようにも思える。こういう表現が窪美澄の真骨頂だと僕は思っている。

最後の『星の随に』は小学4年生の想が主人公。両親は離婚して父に引き取られ、父は渚という女性と再婚し、彼女との間に想の弟・海が生まれた。想の実母は近所のワンルーム・マンションに暮らしている。

こちらはややベタな風合いの小説で、僕はあまり好きではない。

ただ、5篇を通じて、いずれも人生は切ない。その切なさを僕らに見せてくれる。

to show emotion or allow one's weaknesses to be seen or known

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