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Tuesday, November 22, 2022

映画『ザリガニの鳴くところ』

【11月22日 記】 映画『ザリガニの鳴くところ』を観てきた。洋画は大抵後回しにしている僕がいち早く観たのは原作を読んでいたからだ。動物学者ディーリア・オーエンズによる同名の小説は全米ベストセラーになり、日本でも評判になった。

この話が新鮮(と言うと表現が悪いが)だったのは、僕らはアメリカにおける差別と言うと大体が黒人を迫害する白人とか、あるいは居留地に追いやられたネイティブ・アメリカン(昔で言うアメリカン・インディアン)みたいなイメージが強いのだが、ここで描かれるのはノースカロライナの湿原地帯に一人暮らしをしている極貧の白人少女だということである。そして、その“湿地の少女 = the marsh girl” を街の白人たちが徹底的に忌避する物語なのだ。

僕は原作を読んで、ああ、そうかこういう世界もいっぱいあったんだ、と不明を恥じた。ともかくこれはべらぼうなストーリーであり、読み進むに連れて主人公のカイアが不憫で不憫でたまらなくなる。

一時は両親や兄姉たちと幸せに暮らしていたのだが、アルコール依存症で暴力を振るう父親にたまりかねて、まずは母親が、そして、兄や姉たちも家を出てしまい、残されたのはカイアと父親だけになってしまう。そして、その父親もある日出かけたまま帰ってこなかった。

そこから、カイアが必死に生きて行く姿が描かれる。学校にも行っていないので読み書きができないのは当然として、誰もいなくなった家にはお金も食料もほとんど残っていなかったのだ。この想像を絶する環境を、残念ながら2時間の映画では、それほど時間をかけて描いている暇はないのである。

他にも例えば映画では冒頭から幼いカイアがひとりでモーター付きのボートを操舵しているが、このボートの操縦方法を気まぐれで強権的な父親から教わるまでにも相当な苦労があったし、家にはわずかばかりのトウモロコシ粉が残っていたのだが幼い少女にはどうやって食べれば良いのかが分からなかったりして、ともかくあんまりと言えばあんまりなのである。

そんなカイアに唯一手を差し伸べたのが湖沼の畔で雑貨店を営んでいる黒人夫婦のジャンピンとメイベル、そしてカイアと同じように湿地の自然を愛する少年テイトだった。カイアが文字を教わったのも、後に彼女が書き溜めてきた動植物のイラストを出版社に送ることを提案してくれたのもテイトである。そして2人は淡い恋に落ちる。

この2人が最初は直接に会わずに、お互いに拾ってきた野鳥の羽を切り株に置いて何度か交換するのだが、映画では当然それほどの時間は取れず、このものすごくリリカルで美しい初恋の描写がやや薄くなっているのも残念ではある。

そして、遠く離れた大学に進学したテイトが音信不通になり、そこに現れた金持ちのプレイボーイのチェイスにちょっかいをかけられ、カイアは彼のことが好きなのかどうなのか分からないまま彼とつきあうようになる。そしてある日、チェイスは沼の櫓の下で死体で発見され、カイアが容疑者として逮捕される。

小説も映画も死体発見のシーンからスタートしている。そして、映画のほうは再三書いているようにあまり時間をかけて描けないので、冒頭から非常にテンポよく短時間で状況を説明してその後に繋げている。

ことほどさように、この映画は時間との戦いなのである。実際映画は法廷でのシーンとカイアの回想を上手に織り込んで非常に効率的にストーリーを進めることに成功している。そして、沼地の自然の描写は、多分 CG もふんだんに使っているのだろうが、目を見張る美しさである。

でも、やっぱり2時間では原作の深みには届かない──というのが僕の最終的な感想である。

映画ではチェイスが原作よりも若干好意的に描かれていたような気がする。ただ、いずれにしてもこの男も暴力を振るってしまい、そこで決定的にアウトになる。

「ザリガニの鳴くところ」というのは著者の母親が実際に言っていた表現なのだそうだ。実際にはザリガニは鳴かないだけに非常に意味深く、人々の想像をかきたてる。それはひょっとしたらどこにもないところ、どんなに頑張っても行けないところなのかもしれない、などと今回映画を観て思ってしまった。

良い映画だったと思う。しかし、原作を読んでいた人は一様にちょっと判断に迷うのではないかな?

余談になるが、この映画を観た日本人の若者たちはどう感じるのだろう。「最後まで観てげっそりした。共感がわかない(だからこの映画はダメだ)」みたいなことを言う人がいるのではないかと心配している。

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