映画『線は、僕を描く』
【10月25日 記】 映画『線は、僕を描く』を観てきた。
初めて予告編を見た時に、「これはすごい!」と思った。普通であれば「僕が線を描く」はずだ。それが「線は僕を描く」となっているのはすごいと思ったのだ。それだけ見ても意味が分からないが、これが水墨画家の話だと知ると俄然真実味が出てくる。
僕が線を描くのではないのだ。線が僕を描くのだ。──と見る前には思ったのだが、映画の中に似たような台詞が出てきて、それによると、自分が描いた線が今度は自分を描く、みたいなことらしい。
「モーニング娘。」以来すっかり悪癖となっているタイトルの最後に「。」を打つのを避けているのも気に入った。
ま、しかし、ここまではタイトルだけの話だ。でも、それだけはない。役者も魅力的だった。
横浜流星のことを僕がいつから上手い役者だと思うようになったのか自分では定かな記憶がないのだが、彼は確かに上手い。そして、初めて見たときからこの娘は良いかもと思った清原果耶が共演だ。
霜介(横浜流星)の大学の友人には細田佳央太と河合優実という、メキメキ売れてきた、これまた良い役者を宛てている。そして何よりも書道家・篠山湖山を演じた三浦友和と、湖山に仕える西濱の江口洋介の2人がこれまた最高に素晴らしかった。
映画は最初から展開が早い。いきなり涙を流している霜介のどアップから始まるのだが、霜介が観ていたのは湖山の孫娘・千瑛(=ちあき、清原果耶)が描いた水墨画だった。何故涙を流したかは後で明かされる。
その霜介はアルバイトで西濱を手伝っている。そして、揮毫会の場で霜介はいきなり湖山から「僕の弟子になってみない?」と誘われる。何を思って突然弟子に誘ったかは後で明かされる。
で、ここまでのほんの冒頭部分に予告編で使われていた2つのシーンが入っていた。通常予告編ってもうちょっと先のシーンから採ってないか? ちょっと驚いた。
映画の売りは小泉徳宏監督の『ちはやふる』のスタッフが作ったということだが、題材は水墨画という、我々にとっては歌留多や百人一首よりもはるかに馴染みのない世界の話であり、これは却々難しいテーマである。
途中そのテクニックについて何箇所か解説するシーンがあったが、もっとあっても良かったのではないかと思う。それは観客にとってそれほど縁遠い世界であるということもあるし、知れば「なるほど、そんんな風に墨をつけてそんな風に筆を使えばそんな画になるのか!」という驚きもあるからだ。
映画は過去のトラウマから抜けられない霜介、自分の才能と将来に行き詰まっている千瑛を中心に描かれる。この2人がそこを抜けきり、吹っ切れて行くという意味では予定調和の映画である。
この映画の難点は、見る側の僕らに知識がないからでもあるのだが、霜介や千瑛の筆がどのように変わって行き、画がどのように進化したのかが観ていて分からないということだ。まあ、それは仕方がないのだけれど。
ただ、大勢の観衆の前で大きな白い紙にぶっつけ本番で描いて行く揮毫会のシーンはいずれも圧巻であった。ああいう説得力のあるシーンがもう少しあればなあと思った。
そんな中でやっぱり三浦友和の上手さには舌を巻いた。これは他の人にできる演技ではないだろう。ある時は厳しく、ある時は優しく、またある時は冷たく、しかし、いつ何時でも達人の風格がある。そして、謎の人物であった江口洋介が正体を表すシーンも爽快だった。
原作は砥上裕将という人の小説だが、原作にはなかったらしい「食」の要素を映画に入れ込んだのは正解だったと思う。
ま、全体として、良い映画であったと言えるのではないだろうか。
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