映画『夜明けまでバス停で』
【10月13日 記】 映画『夜明けまでバス停で』を観てきた。
久々の高橋伴明監督。と言っても、監督にとっては2年ぶり。久しぶりなのは僕のほうで、久しぶりも何も 40年前に『TATTOO<刺青>あり』を観たきりだったのだ。
映画を観てまず思ったのは「今どき、こんな分かりやすいテーマで映画を撮ったのか!」ということ。考えてみれば、タイトルだってそのまんまである。社会の弱者がどんどん追い込まれて行って、遂には死に追い込まれそうなところまで行く。
しかし、見終わって、ああ、これは高橋伴明の怒りなんだなあとしみじみ思った。政治に対する怒りがかなり分かりやすい形で語られている。
三里塚闘争とか、腹腹時計(これは若い観客には意味が分からなかっただろうな)とか、ああ、監督はそういう世代なんだと思った。安倍晋三や菅義偉らに対する怒りがかなり分かりやすい形で表明されている。宇野宗佑への言及部分も笑った。後藤田正晴に触れたところも説得力があった。
何よりも、フィクションである映画の中に挿入された安倍晋三と菅義偉の実映像がなんとそらぞらしいことか! フィクションよりも遥かに嘘っぽいのである。
でも、だからと言って、監督は今さらどこかへ殴り込みに行こうなどとはしない。それはつまり、この映画における柄本明が高橋伴明なのである。
ちょっと走りすぎた(笑) まずは落ち着いてあらすじから書いて行こう。
三知子(板谷由夏)はアクセサリ作家。しかし、それだけでは到底食えないので、居酒屋で住み込みのパートとして働いている。同じアパートには同僚の純子(片岡礼子)と美香(土居志央梨)も住んでいる。
ところがコロナ禍がわき起こり、お店は一気に不景気になり、マネージャーの大河原(三浦貴大)に嫌われていた三知子と純子、そして皿洗いのマリア(ルビー・モレノ)はある日突然馘になる。住んでいたのが社宅であったので、突然家も失うことになる。
純子は実家に帰ったが、三知子はなんとか自力で住み込みの職を探し当てたが、それもコロナの影響で採用取り消しになり、他には探しても職はなく、ネットカフェさえ臨時休業で泊まるところもなく、やがてホームレスになる。
そんなもの、もっとなんとかなっただろう、とは思う。2~3日は親しくしていた喫茶店のママ(筒井真理子)の世話にもなれただろうし、多少お金を借りることもできただろうし、最後は自己破産とか生活保護とかに頼るという手もあったはずだ。
しかし、人に頼れない、頼ってはいけないという考えに囚われている人って時々いるわけで、三知子はまさにそういうタイプだからそんな風に堕ちて行ってしまったのだろうなとも思える。彼女は多分ハローワークにも一度も行っていないのだろう。
ホームレスになって三知子は、元は多くの政治家たちが集っていた料亭勤めの派手婆(根岸季衣)、元過激派のバクダン(柄本明)、元教師のセンセイ(下元史朗)のホームレス3人と知り合う。
初めは彼らに対しても気を許さない三知子だったが、背に腹は変えられず食べ物の世話になり、そして、もう少し距離を詰めて行く。
映画の冒頭から悪徳マネージャー(と言うか、犯罪者)の大河原が好き放題暴れまくって、そのマネージャーとひょっとしたらできてるっぽい店長(大西礼芳)が板挟みになり、ジャパゆきさんのマリアが惨めな思いをして、汚いホームレスは一掃するべきだと考える人間が何人か出てきて、と非常に分かりやすい。
でも、最初に書いたように、そこで監督は彼らに鉄槌を下すようなことはしない。途中、バクダンの台詞にいろんな思いを折り込みながら、しかし、そのまま最後まで突っ込んで行ったりはしないのである。
あのエンディングは観客が観て「えっ!」と驚くような内容ではない。でも、誰も思いつかない終わり方である。その辺りに監督のスタンスが見えるのである。
最後に3つほど、ちょっと引っかかったことを書いておく。
まず三知子が勤めていた居酒屋が人形町、彼女がホームレスになって暮らしているのが新宿方面ということになっているが、いくらなんでも人形町と新宿ではホームレスが徒歩で行き来するには遠すぎる。
新宿のほうは、都庁を映す必要があったからそのままの設定しか仕方がないが、人形町のほうは町名を伏せるべきではなかったか? 日本で一番人口が多い東京のロケでそんなことをすると、どうしてもそういうことが気になる人がたくさん出てくると思う。
それから、住み込みのアルバイトがもらった、給料1か月分の退職金が 30万円って、ちょっと多すぎないか? だって、家付きでしょ?
逆に言うと、居住権という結構強力な権利があるわけだから、馘首されてすぐに追い出されるというのも設定としては無理があるように思った。
いや、それ以前にアルバイトなのに住み込みってあるのか? しかも、職場内とか職場に隣接して宿泊所や寮があるとかではなく、アパートを一部屋ずつあてがわれてるって。
あと、スマホの充電はどこでやっていたのか? もしあれが2か月以上の物語だったとしたら、毎月の電話料金の支払いはどうしていたのかという疑問も残る。
などなど、ちょっと詰めの甘いところもあったようには思うのだが、全体的には良作だった。高橋伴明の激しい怒りがじんわりと伝わってきた。
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