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Sunday, October 30, 2022

曲順の喪失

【10月30日 記】 レコードが CD になり、CD が配信になって一番変わったのは音質でも可搬性でもなく曲順の喪失だと思う。

僕らの世代は音楽は基本的にアルバムで聴くものだった。もちろんラジオやテレビの番組、あるいはライブは別扱いということになるが、そういう場合でもセットリストというのはとても大きな要素だった。

アルバムには曲順がある。1曲めには大体キャッチーな曲が充てられていた。AB両面があったレコードの時代には、A面の最後には“そこそこ良い曲”が嵌められていた。そして、B面の最後にはかなりインパクトの強い大作が据えられているのが定番だった。

もちろん(前にも書いたように)『アビイ・ロード』の Her Majesty みたいに軽い曲を持ってきたアルバムもあったが、いずれにしても曲順もそのアーティストの表現の一部であり、それは彼らのセンスであったり哲学であったりしたわけだ。

上に書いたような傾向は窺えるにしても、そこには明確なルールや規範があったわけではない。にも関わらずと言うか、だからこそ、曲順はアーティストの表現であり主張であった。僕らはそれを聴き、自分の感性でそれを読み取った。ある意味、曲順によって独特の余韻が生じることもあった。

今でもアルバムというものはあるし、アルバムをダウンロードしてその曲順で聴いている人ももちろんたくさんいるだろう。でも、あちこちからつまみ食いで好きな歌手や好きな楽曲をバラバラに集めてきて聴く機会も増えたのではないだろうか?

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Friday, October 28, 2022

Netflix 鑑賞記録

【10月28日 記】 Netflix で鑑賞した作品の記録

僕は観た映画やドラマの内容をすぐに忘れてしまうが、それどころか観たという事実さえ全く記憶に残っていないこともよくあるので記録している。とりあえず、今日までのとこ。

ドラマだけではなく、舞台裏的な企画モノを含む。英題のないのは日本作品。★は Netflix オリジナル。

いずれも面白かったが、『ストレンジャー・シングス』、『クイーンズ・ギャンビット』、『令嬢アンナの真実』がトップ3かな。

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Tuesday, October 25, 2022

映画『線は、僕を描く』

【10月25日 記】 映画『線は、僕を描く』を観てきた。

初めて予告編を見た時に、「これはすごい!」と思った。普通であれば「僕が線を描く」はずだ。それが「線は僕を描く」となっているのはすごいと思ったのだ。それだけ見ても意味が分からないが、これが水墨画家の話だと知ると俄然真実味が出てくる。

僕が線を描くのではないのだ。線が僕を描くのだ。──と見る前には思ったのだが、映画の中に似たような台詞が出てきて、それによると、自分が描いた線が今度は自分を描く、みたいなことらしい。

「モーニング娘。」以来すっかり悪癖となっているタイトルの最後に「。」を打つのを避けているのも気に入った。

ま、しかし、ここまではタイトルだけの話だ。でも、それだけはない。役者も魅力的だった。

横浜流星のことを僕がいつから上手い役者だと思うようになったのか自分では定かな記憶がないのだが、彼は確かに上手い。そして、初めて見たときからこの娘は良いかもと思った清原果耶が共演だ。

霜介(横浜流星)の大学の友人には細田佳央太と河合優実という、メキメキ売れてきた、これまた良い役者を宛てている。そして何よりも書道家・篠山湖山を演じた三浦友和と、湖山に仕える西濱の江口洋介の2人がこれまた最高に素晴らしかった。

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Monday, October 24, 2022

Starbucks 雑感

【10月24日 記】 僕は Starbucks が好きだ。コーヒーの味が好きと言うよりも、コーヒーショップとして好きなのだ。

しかし、都心では(他の人口密集地でも同じだろうが)混んでいて却々入れない。特にお昼時や 15時前後は絶望的である。

そんな中、東京の中心地で、大体いつ行っても空席がある店を見つけた。混むと嫌だからどの店かは書かない。

いや、このブログを読んでみんながそこに殺到するとはさすがに僕も考えていない。言わばおまじないみたいなものだ。

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Saturday, October 22, 2022

『何が記者を殺すのか 大阪発ドキュメンタリーの現場から』斉加尚代(書評)

【10月22日 記】 今年の6月まで同じ会社で働いていたとは言え、僕は斉加さんとは面識がない。僕が東京勤務が長かったということもあるし、仕事で報道局と絡む機会もそれほど多くなかったということもある。編成部でトラフィック担当をしていたときには報道フロアですれ違っていたかもしれないが、いずれにしても直接喋ったことはなく、今どこかの街ですれ違ってもお互いに誰だか分からないだろう。

橋下徹氏とバトルをしたと聞いたときには威勢の良いお姐ちゃんだなと思ったのだが、これもそんな風に伝えられているがビデオを見ると斉加さんが橋下氏に一方的に罵倒されているに過ぎない。彼女は報道記者としてごく普通に質問をしていただけだ。

仕事でそれほど接点がなかった上に、そもそも僕はドキュメンタリではなくフィクション志向なので、月に一度の『映像』シリーズも限られたものしか視聴していない。しかし、映画『教育と愛国』は劇場に観に行った。ちょうどその日、斉加さんが舞台挨拶、というか感謝と補足のために上京して登壇していたが、思ったよりもずっと柔和な感じの人だった。

そして、今度はこの本である。どうしても元同僚という気分で読んでしまうので、ところどころ「こんなにきっぱり言い切って大丈夫か?」などと心配になってしまう。

だが、この本を読んで一番感じるのは暗澹たる思いである。日本はこのままで大丈夫なのか?

右翼か左翼か、愛国か反日か、みたいなことはそれほど大きな問題ではない。ただただ、根拠を示さずに相手を叩きに行く、主張に一貫したロジックがない、多様性を認めない、自分の気が晴れることが主眼になっていて、その影響については考えない、というか極めてお気楽である。

ネット上でたくさんのインプレッション(ビュー)を稼ぐことが手段ではなく目的になっている。「ネットを見れば誰でも分かることだ」みたいなことをよく言い、ネット上には間違った言説もたくさん流れているということには耳を貸さない。

いや、そもそも自分に都合の良い情報だけを虫食い状態で集めてくる。

そんな人たちが日本中にはこんなにもたくさんいるのである。そんな人たちが、たまたまここでは沖縄の基地反対派や、慰安婦問題を取り上げた教科書や、在日の人たちや、あるいは記者・斉加尚代を叩きに来ているということなのだ。

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Friday, October 21, 2022

映画『いつか、いつも……いつまでも。』

【10月21日 記】 映画『いつか、いつも……いつまでも。』を観てきた。

僕はとりたてて長崎俊一監督のファンというわけではない。だから、劇場用映画デビュー作の『九月の冗談クラブバンド』を観てから 26年間も彼の作品を観なかった。ま、長崎監督が寡作だということもあるが…。

で、久しぶりに観たのが 2008年の『西の魔女が死んだ』で、一方で「あれ? 長崎俊一ってこんな映画を撮る人だっけ?」と思いながら、映画自体はとても良かった。今回は(僕の気持ちとしては)その延長上で観た。また 14年も空いちゃったが(笑)

で、観てみると、これは出色の出来である。とても良い作品だった。

海辺の街の診療所で働く医師の俊英(=トシ、高杉真宙)と、ひょんなことからそこに住みつくことになった亜子(関水渚)の話。そこには院長のじいさん(石橋蓮司)とお手伝いのきよさん(芹川藍)が同居している。

周りから「感情がない」と言われるくらいぶっきらぼうなトシと、強烈な利かん気の亜子が、最初は対立しながら、やがてはゆっくりとお互いに惹かれ合うというストーリーなのだが、問題は亜子がすでに「やけっぱちで」結婚してしまっているということだ。

高杉真宙の出演作品は、僕はこの作品を含めて 10本観ているのだが、最初の2本は割と小さな役で、3本目の『散歩する侵略者』でともかく度肝を抜かれた。その後も引き続き映画、テレビドラマ、そしてテレビのバラエティまで含めて活躍している。

関水渚をデビュー作の『町田くんの世界』で観たときには、なんだか広瀬すずのコピーみたいで、悪くないとは思ったけど、この娘は消えるだろうなと思ったのだが、どうしてどうして、その後も経験を積んで良い女優になったと思う。

今回のこの映画は『西の魔女が死んだ』の脚本も手掛けた矢沢由美のオリジナル脚本であるが、素晴らしい人物造形に驚かされた。そして、それは演じている俳優たちの演技の素晴らしさにも支えられたものだ。

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Thursday, October 20, 2022

人物がちゃんと描けていない小説の映画化

【10月20日 記】 僕は人物がよく描けている小説が好きだ。しかし、世の中には現実に、あまり人物がうまく描けていない小説がある。

僕にしてみれば、なんでそんな本を出版するんだろう?という感じなのだが、実際そういう本でも売れるから本になるんだろう。しかし、僕はそういうのはあまり読む気にならない。

1作か2作読んでげっそりして2度と読まない作家が、僕には少なからずいる。あえてジャンル分けして言うとすれば、ミステリ系の作家に多いように思う。とにかくトリックを埋め込んでストーリーを構築することに汲々として、肝心の人物が掘り下げられていない、という感じだ。

実名を書いて、万一熱狂的なファンに噛みつかれたりするのは嫌なので、ここには名前を書かないけれど。

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Tuesday, October 18, 2022

映画『カラダ探し』

【10月18日 記】 映画『カラダ探し』を観てきた。羽住英一郎監督の作品を観るのは7年ぶりである。携帯小説が原作。漫画化もされているとのこと。

橋本環奈、眞栄田郷敦、山本舞香、神尾楓珠、醍醐虎汰朗、横田真悠と人気のある若手を6人揃えた。全員が主演経験があり、誰が主役でもおかしくない(醍醐だとちょっと弱いかもしれないが)。

冒頭は事件の発端の説明。夜の森を少女が何かから逃げて走っている。最初は森だけが映っており足音と息遣いが聞こえるのみであったのが、カメラがぐるんと回ると少女の姿がフレームインしてくるのは効果的な演出だ。

そして、その後、その少女を追う者の姿が一瞬映る。顔も映っておらず腰から下のショットなのだが、左手に斧を持っているのだけが見える。却々怖い画作りだ。

そして、その後、同じ高校に通い同じクラスに所属する登場人物をひととおり紹介して行く。

クラス内でハブられてボッチの生活を続けている明日香(橋本)、スポーツ万能で皆に人気がある高広(眞栄田)、クラスメートと交わらずにバーの雇われ店長(栁俊太郎)とつきあっている留美子(山本)、引きこもりで長らく登校していない篤史(神尾)、クラスでイジメに遭っているオタクの翔太(醍醐)、優等生で学級委員長の理恵(横田)。

この6人が、7月5日の 0:00 に、気がついたら学校にいる。そして人形を抱いた7~8歳の女の子=“赤い人”に襲われ殺される。結構派手なスプラッタである。ただし、夜の暗いシーンで全員が制服なので、役者をやや識別しにくいという憾みがあったのは確か。

で、実は6人とも前日に見知らぬ少女が「私のカラダを探して」と言って消えてしまうのを目撃している。そして、殺されたところで目が覚めると、それはまた 7月5日の朝なのである。

その道に明るい翔太によると、これは「カラダ探し」で、殺されてバラバラになった少女のカラダの部位を全部見つけ出して棺桶に入れてやるまで永遠に続くと言う。

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Monday, October 17, 2022

キッチンの進化

【10月17日 記】 僕も転勤したり、社員寮を追い出されたり、結婚したり、単身赴任したりと、人生いろいろあったおかげで、今住んでいる家がちょうど 10軒目である。

狭いところも広いところもあったし、持ち家のときも賃貸のときもあったので単純に比較はできないが、この長い遍歴の中で感じるのはキッチンの進化である。住居内の改善ポイントの最たるものはキッチンではないだろうか。

まずは水回りの使いやすさとコンロの進化。そしてシンク下やコンロ下の収納スペースの充実。作り付けの食器棚等。給湯システムやレンジ・ファンの改善。それらは単に使いやすさという点だけではなく、掃除のしやすさといった点でも隔世の感がある。どこを取っても昔の台所とは使い勝手が月とスッポンである。

そして、何よりもレイアウトの見直しがある。僕らの小さい頃には対面キッチンなんてものは見たこともなかった。別に対面キッチンのほうが絶対的に優れているとは言わないが、これは貴重なオプションである。

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Saturday, October 15, 2022

Grammarly

【10月15日 記】 今日から Grammarly を使っている。Grammarly は宣伝も含めて Web上でよく見かける無料アプリなので知ってはいたが、実のところあまり興味はなかった。

それが今日ふと使ってみようかなと思って PC にインストールしてみて驚いた。いやはや、これはすごいアプリである。

僕がネット上で公開している英文の記事は一応ネイティブ・チェックは終えているのだが、そのうちのひとつ記事の一部分だけを Grammarly にコピペしてみたときには、ふーん、なるほどね、という程度だった。

で、その7つの英文原稿は実は1つの Microsoft Word ファイルに保存されているのだが、新しく記事を書き足そうとしてそのファイルを開いたら、Grammarly  のマークが出てきて、65箇所も訂正すべきところががあると言う。

皆さんご存知の通り、Word にも訂正機能はあって、英単語の綴りの間違いを指摘してくれたり、ここにはカンマを打ったほうが良いと提案してくれたりはする。

だが、Grammarly はそれに留まらない。

単語の綴りのミスは当然訂正してくれる。コピペした時に選択しそこねて、例えば冒頭の Have が ave になったりしていてもちゃんとそれは Have だろう?と教えてくれる。

それから Word と同じように Punctuation の指導もしてくれる。ここにはカンマが要るのか、ないほうが良いのか?──日本人には却々難しいポイントである。ピリオド、カンマだけならいざ知らず、コロンやセミコロンとなると実はほとんど分かっていない。そういう日本人にとっては非常に心強いツールである。

それから冠詞。これも日本人の悩みの種。a なのか the なのか、それとも何も付けなくて良いのか…。僕はどうも the を使いたがる傾向があるみたいで、結構訂正されてしまった。

上にも書いたように、これらの文章は一応はネイティブに見てもらっているのだが、やっぱり人間がやると見落としはあるもので、そこを Grammarly は厳しく問い質して来る(笑)

で、そう言われるとそこは確かに複数形にすべきだったよな、とか、あ、それは過去形でないとおかしかったよな、とかいろんなことが発覚する。

つまり、ある程度意味的なところまで見ているということだ。単数形でも文法的にはおかしくなくても、たとえ2つの節の時制が一致していても、そこは違うでしょ?と言ってくれるわけだ。

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Thursday, October 13, 2022

映画『夜明けまでバス停で』

【10月13日 記】 映画『夜明けまでバス停で』を観てきた。

久々の高橋伴明監督。と言っても、監督にとっては2年ぶり。久しぶりなのは僕のほうで、久しぶりも何も 40年前に『TATTOO<刺青>あり』を観たきりだったのだ。

映画を観てまず思ったのは「今どき、こんな分かりやすいテーマで映画を撮ったのか!」ということ。考えてみれば、タイトルだってそのまんまである。社会の弱者がどんどん追い込まれて行って、遂には死に追い込まれそうなところまで行く。

しかし、見終わって、ああ、これは高橋伴明の怒りなんだなあとしみじみ思った。政治に対する怒りがかなり分かりやすい形で語られている。

三里塚闘争とか、腹腹時計(これは若い観客には意味が分からなかっただろうな)とか、ああ、監督はそういう世代なんだと思った。安倍晋三や菅義偉らに対する怒りがかなり分かりやすい形で表明されている。宇野宗佑への言及部分も笑った。後藤田正晴に触れたところも説得力があった。

何よりも、フィクションである映画の中に挿入された安倍晋三と菅義偉の実映像がなんとそらぞらしいことか! フィクションよりも遥かに嘘っぽいのである。

でも、だからと言って、監督は今さらどこかへ殴り込みに行こうなどとはしない。それはつまり、この映画における柄本明が高橋伴明なのである。

ちょっと走りすぎた(笑) まずは落ち着いてあらすじから書いて行こう。

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Tuesday, October 11, 2022

映画『千夜、一夜』

【10月11日 記】 映画『千夜、一夜』を観てきた。

監督は久保田直。知らない人だ。テレビのドキュメンタリ畑でいろいろ賞も獲ってきた人で、これが2本目のフィクション(映画)らしい。

脚本は青木研次。この人は、僕の観た映画では『いつか読書する日』を手掛けた人。あの映画は良かった。そう言えば、あの映画も田中裕子の主演だった。そして、久保田監督の前作もこの人の脚本とのこと。

田中裕子と尾野真千子という、「あの年代を代表する女優は?」と問われると第一に思い浮かぶ2人の名優によるドラマだ。

登美子(田中裕子)はある日突然失踪してしまった夫をもう 30年も待ち続けている。そこに奈美(尾野真千子)が訪ねてくる。彼女も夫(安藤政信)が「ちょっと行ってくる」と言って家を出たまま帰ってこない。

が、こちらはまだ2年だ。拉致された可能性もあると考え、元町長の入江(小倉久寛)の紹介で、その手の手続きも熟知している登美子に相談に来たのだ。

それぞれに言い寄る男がいる。登美子には漁村の幼馴染の春男(ダンカン)。彼は登美子が結婚する前どころか、子供の頃から登美子が好きで、その愛はちょっと偏執的である。

「諭さん(登美子の夫)が帰ってきたら捨てていいから、それまでの間、面倒を見させてくれ」と迫るのだが、登美子には全くその気がない。「面倒を見させて」という表現に旧態依然とした男性観が垣間見える。そして、不甲斐ない春男のために余計な世話を焼く周りの人間たちが逆に関係をこじれさせる。

一方、看護師の奈美には同じ病院で働く大賀(山中崇)。彼はもっと控えめだ。そして、全く隙きを見せず、にべもない態度で追い払う登美子に対して、奈美はもう少し心を開いて鷹揚である。現代ではこういう生き方のほうが好ましいし、楽だ(と僕は思う)。

映画はこの2人の対比を軸にしばらく語られる。ところどころ台詞が妙に演劇っぽくなっているのが気になるのと、BGM で盛り上げようとしすぎの感もあるが、長回しを中心に上手い役者たちの上手い演技をたっぷりと見せてくれる。

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Sunday, October 09, 2022

Stool

【10月9日 記】 僕は2、3年前から会社の同僚(今では元同僚)たちと不定期で国内旅行をしている。つい先日も京都に行ってきたばかりだ。

そのグループには「丸イス倶楽部」という名前がついている。何故こういうネーミングになったかを語りだすとかなり長い話になるし、あまり大っぴらに語る話でもないので(と書くと余計に聞きたくなるかもしれないが)ここには書かないでおく。

このグループで旅行に行ったことをある外国人に説明しようとして、丸イス倶楽部を英訳するとしたら何になるだろうとふと考えた。

The Round Stool Club か? いや、Round なしで The Stool Club でも良いか、と思って念のために辞書を引いてみると、いやはや、これはどうしたものかと思った。

stool にはもちろんスツール、つまり「背もたれや肘掛けがついていない椅子」という意味があるが、それ以外に「便座」とか「トイレ」とかいう意味もあるのである。自動詞では「排便する」という意味もある。

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Saturday, October 08, 2022

『春のこわいもの』川上未映子(書評)

【10月8日 記】 僕にとって3冊目の川上未映子。前に読んだのは『夏物語』。川上未映子にとってもこの小説は『夏物語』に続く作品。知らなかったのだが、『夏物語』は世界何か国かで翻訳され、ベストセラーになったらしい。

この小説は春。夏の次が春なので、時の流れが逆行している。

6つの短編集である。全てがコロナ禍の下での設定。そして、題名の通り、全てがこわい。そして全てによく分からない部分がある。

もう一度読み返したら分かるのか? ひょっとして自分は何かを読み落としてしまったのか? いや、多分作家はわざとそういう構成にしているのだ。それがまた少しこわい。

でも、ざーっと読み返してみると、ああ、やっぱりそういうことだったのか、と思える箇所がいくつかある。

最初の『青かける青』は入院して手紙を書いている女性の話。

遠からず退院するようなことが書かれているのに、彼女自身はまるで今にも死ぬようなことばかり書いている。「きみ」という語り口からしても若い女性のような気がするのだが、彼女が実際何歳なのかは、客観的な形では書かれていない。

それにね、もしかしたら現実のわたしはもうとっくの昔におばあちゃんになっているのに、認知症か何かになっていて、二十一歳のわたしだと思い込んでいるだけかもしれないんだもんね。

と主人公が述懐しているが、彼女がほんとうに 21歳なのか、あるいはひょっとしたら、まさに彼女が言うように 21歳だと思いこんでいるだけなのかもしれないという気がしてくる。

それが気になって前に戻って読み返すと、作品の印象ががらっと変わってくる。一気に「春のこわいもの」が現れてくる。

2つめの『あなたの鼻がもう少し高ければ』は<ギャラ飲み>志願の女性の話。ネットで人気のセレブに憧れてオーディションを受けに行くが、痛烈に罵倒される。特に顔について。これも怖い。陰惨な話。しかし、余韻は深い。

3つ目の『花瓶』も分からないところが多い。いや、貶しているのではない。この短編集はずっとそういう書かれ方をしている。

自宅で最期の時を過ごしている女性の話。体を満足に動かすこともできない老人。その主人公が、通ってきてくれている太った汗かきの家政婦について、

わたしは彼女の性交をときどき夢想した。いいえ、ときどこどころか、彼女のありとあらゆる性交を、わたしは数え切れないほどに夢想した。

などと言うのを読んで驚く。そんな彼女が今度は自分の性交体験を語り、そして死を語る。そして花瓶に花が入っていない。──それは何を意味するのだろう? これもこわい。

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Thursday, October 06, 2022

映画『四畳半タイムマシンブルース』

【10月6日 記】 映画『四畳半タイムマシンブルース』を観てきた。

『四畳半神話大系』と『サマータイムマシン・ブルース』のコラボ・アニメなるものがあることを、何か月か前にポスターを見て知った。それは観たいと思った。

僕は『四畳半神話大系』は読んでいないが、デビュー作の『太陽の塔』以来、森見登美彦の小説は何作か読んでいる。アニメ映画になった『夜は短し歩けよ乙女』も観ている。

そして、ヨーロッパ企画の舞台は未だ観たことがないのだが、2005年に本広克行監督で映画化された『サマータイムマシン・ブルース』は WOWOW で観ている。

観ているとは言え、何を観ても忘れてしまう僕のことだから、上野樹里が出ていたということと、エアコンの壊れたリモコンの話だったことと、なんか『 バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいな話だったことと、この出演者の面々がそのままの役で映画『UDON』にカメオ出演していたことぐらいしか記憶に残っていない。

ま、そのほうが今日の映画を楽しめたとも言えるのであるが、じゃあ今日の映画を観て、「あ、そうだった、そうだった」と思い出したかと言うと、そういうこともほとんどない(笑)

森見登美彦とヨーロッパ企画の上田誠はこれまでにも接点が多く、まず2人とも 1979年生まれで、森見は奈良出身の京大卒、上田は京都出身である。森見の『四畳半神話大系』が TVアニメ化されたときに脚本を書いていたのが上田である。そして、『夜は短し歩けよ乙女』(湯浅政明監督)もまた上田脚本である。

この映画は、『サマータイムマシン・ブルース』を下敷きにしてアニメ化された『四畳半神話大系』の面々が登場する小説を書きたい、と森見が上田に申し入れてできあがった小説を、上田が脚色して映画化したものである。

監督は夏目真悟という人で、この人はアニメ『四畳半神話大系』にも『夜は短し歩けよ乙女』にも参加していた人なのだそうである。

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Tuesday, October 04, 2022

映画『マイ・ブロークン・マリコ』

【10月4日 記】 映画『マイ・ブロークン・マリコ』を観てきた。大反響を呼んだ漫画の映画化らしい。

僕の大好きなタナダユキ監督だが、今回は特に予告編がもうめちゃくちゃタナダユキらしい感じで、これは絶対に見逃せないと思った。

おまけに今回は向井康介との共同脚本だ。このコンビはこれまでにも『ふがいない僕は空を見た』(向井の単独脚本)、『ロマンス』(タナダ脚本+向井の脚本協力)があり、抜群の相性の良さは証明済みである。

(今回はラストシーンを含めて結構内容に触れるつもりで書いており、ネタバレもあると思うので、これからご覧になる方はここで読むのを止めたほうが良いかもしれない)

ラーメンを食べていたシイノトモヨ(通称シィちゃん、永野芽郁)が、中華料理屋のテレビで、小学校からの親友のイカガワマリコ(奈緒)が飛び降り自殺したというニュースを見るところから物語は始まる。

シイノは、何を売っているのかは分からないが見るからにブラックな企業の社員だ。結構がさつな女に見える。彼女は仕事をほっぽり出して、まずマリコがひとりで住んでいたアパートに行ってマリコがすでに骨になっていることを知る。

マリコは小さい頃から実の父親(尾美としのり)から性的なものを含む暴力、虐待を受けており、長年にわたり支配され続けてきたことで完全に精神がぶっ壊れている(彼女自身の台詞にも「そうだよ。あたしはぶっ壊れてる」みたいなのがあった)。

そのためなのか、家を出てからも同じように彼氏に暴力を振るわれたりしている。

生来の優しい性格だと思うのだが、何があっても自分を責めてしまう。そんな彼女にとっての唯一の救いがシィちゃんだったのだ。父親や彼氏のとんでもない所業には目を瞑って耐えるだけなのに対して、シィちゃんだけにはべったりと依存して、すっかり甘えている。

奈緒の演技が凄まじくリアルだ。

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Monday, October 03, 2022

ソーシャル・メディアとムーンライダーズ

【10月3日 記】 このブログにも何度か書いたことがあるかもしれないが、僕はムーンライダーズの大ファンである。オリジナル・アルバムは、SACD やアナログ限定、配信限定のものを除いて全部持っている。

ファンだったら全部持っていても不思議はないと思うかもしれないが、なにしろ 1975年から活動しているバンドである。ミニ・アルバム、ライブ・アルバムを含めると三十数枚(組)になる。

長いことやっていればそれくらいの数にはなるだろうと思うかもしれない。それはそれで正しい。

だが、それを1枚も逃さず買い続けているのはかなりのものだと自分でも思う。他にそんなアーティストはいないし、それにライダーズの場合はアルバムごとに作風がかなり違ったりするのに、例外なく全部好きだというのも我ながら凄いと思う。

ただし、収集家ではないのでベスト・アルバム(20種類ぐらいある)は1枚も持っていない。

亡くなったかしぶち哲郎を含む6人のメンバーが全員曲作りを手掛け、全員がソロ・アルバムを出していて、当然そういうアルバムも結構買っているので、僕の CDラックのかなりの部分をムーンライダーズが占めている。

しかしながら、周りにムーンライダーズのファンという人がほとんどいなかったし、シングルを出してもヒットした試しがなかったので、熱狂的なファンに支えられてはいるものの、ファンの数はかなり少ないのだと僕は勝手に思っていた。

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Saturday, October 01, 2022

延暦寺と比喩

【10月1日 記】 木金土の3日間で大阪に行き、京都に行き、比叡山に登ってきた。

比叡山にはもちろん前にも行ったことがあり、延暦寺は天台宗の宗祖・最澄(伝教大師)が開いた寺であるという程度のことは受験用の知識として知ってはいるが、とは言え若いころは寺社仏閣なんぞに興味はなく、それ以上の知識は、聞いたことがあるのかないのか、いずれにしても記憶に定着はしていなかった。

しかし、今日参拝してみて、その後もこのお寺で修行をした僧として、源信(恵心僧都)、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮ら錚々たる面々を輩出していると知って驚いた(調べたらもっとたくさん出てくる)。特に、これだけ多くの他の宗祖が含まれているということは大変なことだ。

それで、これも今日聞いたのだが、延暦寺は「宗教界の東大」と呼ばれているとか。

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