『ヴィネガー・ガール』アン・タイラー(書評)
【9月19日 記】 肩タイトルに「語りなおしシェイクスピア3 じゃじゃ馬ならし」とある。これはウィリアム・シェークスピア作品のリメイク・シリーズであるらしく、この本は『じゃじゃ馬ならし』の翻案であるらしい。
何となく惹かれて買ったのだけれど、しかし僕はシェイクスピアを読んだことはない。かろうじて2つの劇団で『から騒ぎ』と『真夏の夜の夢』を観たことがあるだけだし、それも随分前のことだ。
その上、このアン・タイラーという作家は全米批評家協会賞やピューリッツァー賞を受賞した上に、作品が何度か映画化もされている有名作家であるらしいのだが、全然知らなかった。
いやあ、知らないことだらけである。
でも、知らなくても全く困らない小説だった。巻末の解説を読んでいたら、「シェイクスピアを知らなくても楽しめるところが多く」という表現が出てきて、改めてほっと安堵した次第である(笑)
で、解説を読むとさらに知らないことだらけで、まず、原作の設定やあらすじが紹介してあったのだが、言われなければ2つの戯曲/小説の関連性に全く気づかないほど違う作品である。
さらに、研究者の間では『じゃじゃ馬ならし』は女性蔑視的な視点が強すぎると非難を浴びている戯曲なのだそうである。アン・タイラーがこの企画に取り組んだのも、シェイクスピアのこの作品が嫌いだから自分で書き直してみようと思ったとのこと。
いやあ、ますます知らないことだらけである。
で、このストーリーの設定は現代のアメリカ、ボルティモアが舞台であり、原作で「じゃじゃ馬」と称された女性は29歳のケイト、独身。研究者の父親と高校生の妹の3人暮らしだ。
ケイトは少々口は悪いが、これはアメリカ人がよくやる bantering の類であり、じゃじゃ馬などというイメージではない。彼女は教授と喧嘩して大学を中退し、今はプリスクール(日本で言うなら幼稚園か)のアシスタントをしながらバティスタ家の家事一切を取り仕切っている。
そこに父親が自分の研究助手のピョートルを連れてくる。小説内に記述はないが、多分ロシア人だ。これがまた英語は片言だし、なんとも野暮ったくてとっぽい男である。父は彼とケイトを結婚させようとする。ピョートルのビザがもうすぐ切れてしまうからだ。
ケイトは当然反発する。ピョートルのほうはひとりよがりに何でも良いほうに勘違いして、ケイトの気持ちもお構いなしにノリノリで迫ってくる。この辺が面白い。
父親は研究以外の一切に興味もないし、自分の衣食住のことさえひとりではままならないような男。妹はそういう年頃なのかそれとも生来の性格なのか、父にも姉にも反発して勝手なことばかりやっている。
結局父親が、決して本気で結婚してくれと言っているわけではなく、ピョートルが無事にアメリカに滞在できるようになるまでの偽装結婚だとケイトに明かしたことから、ケイトも形だけは協力することになって…というような話だ。
名前も筋運びも原作を踏まえたところがあるので、原作を知っていたらなおさら面白いのだろうと思う。
でも、知らずに読んでも結構面白かった。
現代の女流作家が女性蔑視とは無縁な設定で現代の女性を生き生きと描き出した爽やかな小説である。いいんじゃないかな。
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