映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』
【9月24日 記】 映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』を観てきた。市井昌秀監督。
市井昌秀は僕の好きな監督だ。特に映画『箱入り息子の恋』、WOWOW『十月十日の進化論』、映画『僕らのごはんは明日で待ってる』の3本が僕のお気に入りである。その後の『ハルチカ』はやや残念、『台風家族』は新井浩文の逮捕絡みで限定公開となったため見逃した。
いずれにしても、常にいろんなものがどんどん繋がってくる、目配りの効いた脚本を書く人である。この映画も例外ではない。
設定は他愛もないもので、夫の悪口を書く投稿サイト「旦那デスノート」で人気のチャーリーという投稿者が実は自分の妻であると知った夫の物語である。夫・裕次郎を香取慎吾が、妻・日和を岸井ゆきのが演じている。
裕次郎にこのサイトを見せたのは裕次郎と同じ職場(ホームセンター)に勤める簑山さん(余貴美子)で、彼女自身がそのサイトの実名投稿者だったのだが、彼女もこの時点ではまさか日和がチャーリーだとは知らなかった。
簑山さんが少し離れたところからキャスター付きの椅子に座ったまま裕次郎のところまで滑ってくるところとか、自分の休憩時間はおもう終わりだと気づいて席を蹴飛ばして出ていったら、蹴られたキャスター付きの椅子だけが手前に滑ってくるとかいう辺りが妙にリアルで妙に笑える。
そして、簑山さんが「もう5年も夫婦生活がない」と言ったら、同僚の若月(井之脇海)に「てことは、5年前まではやってたってことですか?」と言われるシーンも、単に客を笑わせるためだけのものではなく、後のシーンに繋がってくる。
この辺りがまことに市井昌秀である。
そして、この映画の素晴らしいところは、そういう設定だから全体的に裕次郎と日和がすれ違い、いがみ合い、夫婦関係がこじれて行くさまが描かれているのだが、そこに時々挿入される2人が初めて会ってつきあい始めた頃のシーンがまことに微笑ましくて愛らしいということだ。
それは単に後の不仲との対比のために入れられただけのものではなく、ともすれば暗くなりがちな映画のイメージをそんな場面が爽やかに救済するのである。
クライマックスとなる若月の結婚式で裕次郎がスピーチをするシーンでは、やっぱりここでも裕次郎と日和が前に交わした会話が見事に甦って繋がってくる。そして、日和のアップ──岸井ゆきのの表情だけで語る演出というのもすごいなと思ったし、それにちゃんと応える岸井ゆきのの演技もすごいなと思った。
家に帰ってきたら散らかり放題の LDK を2人が片付けるシーンも長回しの良いシーンだ。しかも、そこで2人が結婚当初に一緒に買った品物を交互に挙げて行くというのは台本にはなく、2人のアドリブだったと言うから驚いた。
で、映画の展開としては別にそこで(あるいはもう少し早く、結婚式場のシーンで)終わっても良かったのだが、意地悪くもうひとつ波乱をぶりかえしてくる。これも巧い。
日和の職場であるコールセンターでのシーンは、展開としてはさすがにちょっと作りすぎの感はあったが、面白い場面である。それまでちょい役っぽく出てきていた日和の上司の葛城(眞島秀和)やダメ職員の小杉(森下能幸)が、ここでまた巧く繋がって笑わせてくれる。
さて、ここでどうやって終わるかなと思ったら、もうひとつ、2人が結婚前に楽しく語って遊んでいたことが絡んでくる。そして最後の最後になって、裕次郎が筋トレマニアであるという設定が活きてくる。いやはや参った。練りに練った脚本である。
タイトルはちょっとひねり過ぎかな?(笑) でも、本当に市井昌秀らしい脚本と演出でお腹いっぱいである。
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