『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ(書評)
『蛇にピアス』で芥川賞を獲ったときには、同時受賞者の綿矢りさとともにまだ20歳かそこらで随分話題になったが、僕は綿矢りさの純文学的な魅力に惹かれ、金原ひとみのほうはキワモノ的な感じがして読まなかった。
しかし、あれから 20年近い月日が流れる中で、金原ひとみが書いた小説以外の文章を読む機会が1回か2回あり、なんか悪くない感覚の持ち主だと思った。それが一体何だったのかはっきりとは思い出せない。映画のパンフレットか何かに彼女が文章を寄せていたのかもしれない。
そして、そんな中で今年の4月に NHK が放送した『言葉にならない、そんな夜。』のレギュラー化後の最初のシリーズに彼女が出演して、言葉について語るのを聴いているうちに、これは何がなんでも読まなければという気になってきた。
それで適当に選んだのが、一番出版日が新しかったこの本だったのだが、それが良かったのかどうかは分からない。ただ、想像したのとは随分違った。
なんと言うか、もっと研ぎ澄まされた文章を期待していたのだ。
ここにあるのは、意識してなのかしないでなのか分からないけれど、初めて小説を書いた人のような、会話が延々と続いたあと、時々内省的な独白が挟まれる小説で、風景描写のようなものが極端に少なく、そういう点では全く僕の好みではない。
Amazon の紹介文には金原ひとみが描く恋愛の新境地とある。
銀行員で腐女子の由嘉里が、失望した3次元の合コンの帰りに酔いつぶれているところを美しいキャバ嬢ライに拾われて、一緒に暮らすことになる。
28歳にして初めて実家を出た由嘉里。ライの美しさやリッチな暮らしを羨む由嘉里に、ライは300万円あげるから、これで整形したら?と言う。そして、自分はこの世から消えなきゃいけないと言い、やがて本当に失踪してしまう。
そこに人気ホストのアサヒやゴールデン街のママのオシンらも絡んで、由嘉里にとっては今まで想像もしなかった経験や、思ってもみなかった物の見方が彼女の前に現れる。
言わば、気づきと再生と癒やしの物語である。癒やしというのも僕の好きなテーマではないのだが、しかし、拒否感はない。
結局のところ僕はこの小説をどう評価して良いのか分からない。決して僕の好きな小説ではないのだが、そんなに悪くもないのである。
タイトルのミーツ・ザ・ワールドのミーツには多分「肉」の意味もかけてある。由嘉里が嵌っている焼肉アニメとの関連である。
そして、文中に突然「ウォーター!って感じだな」という表現があって、何の説明もないのに驚く。これは由嘉里のおかげで今までライが知らなかったことを知ったと由嘉里が言うのを受けて、アサヒが言う台詞である。
もちろん、これはヘレン・ケラーである。こんな深い比喩を唐突に不親切に置いている金原ひとみが僕は愛おしくなる。
そうかと思うと、
小さな定規でものを測っている人間はその定規に自分が測られ縛られていることに気づけない。
という強い強い表現が出てきたりする。この辺が金原ひとみの真骨頂なのだろうなと思う。そう、少なくとも彼女は縛られていない。
また機会があれば彼女の小説を読んでみようと思う。
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