足と尻の話
【8月21日 記】 ここ数年、家でヨガをやっている。最初は YouTube の動画を見ながらやっていたのだが、今はアプリを入れている。で、このアプリの日本語が微妙に気持ち悪いのである。
元々は英語で作られたアプリを日本語化したものらしいのだが、時々翻訳のミスがあって「足」と言うべきところを「手」と言っていたりするので、画面を見ずに音声だけ聞いてやっているとワケが分からなくなったりもする。
でも、気持ち悪いのはそこではない。もっと微妙なところである。
足を前後に開くポーズで、例えば右足を前に出して左足を後ろに引いているような場合に、右足のことを「前足」と言っているのである。
しかし、犬でも馬でも何でも良いからこれを動物に当てはめてみると分かるように、「前足」とは四肢のうちの前の2本であり、二足歩行をする人間の場合は手に当たる部分だ。だから、右足を前足と言われると微妙に気持ち悪いのである。
じゃあ、どう言えば良いかと言うと、「前の足」である。「前の足に重心をかけて」とか「後ろの足を伸ばして」とかであれば何の問題もない。ただ「の」の1字/1音を節約するためだけにこんな変な日本語になっているのを大変残念に思うのである。
もうひとつは、「右のお尻を引いて」などと言う表現である。
言いたい意味は分かる。あるポーズを取るとどうしても右腰が前に出がちになるが、それを後ろに引いて体の向きをまっすぐにしろというのである。
しかし、「右のお尻」という日本語はこれまた微妙に気持ちが悪い。「右の耳」とか「左の腎臓」とか、人間の体に左右2つがペアになっているものであれば何の不自然もないのだが、しかし、お尻は確かに2つに割れているとは言え、数としては1つしかないのである。
それを「右のお尻」と言うから変なのであって、本来であれば「お尻の右半分」と言うべきである。その表現が長すぎると言うのであれば、すでに上に書いたように「右腰を引いて」と言えば良いのである。日本語としては「お尻を引く」よりも「腰を引く」のほうがむしろ自然である。
確かに日本語の腰と英語の waist は違う。日本語の腰痛は英語では backache であり、それじゃ背中痛じゃないか! イギリス人は腰まで背中なのかよ、と思ってしまう。
日本語の感覚としては、腰は1つしかないのか2つあるのかと訊かれると微妙だが、しかし右腰と左腰があるのは確かである。しかし、辞書を引くと waist は
the narrowest part of the torso
であり、通常は腰回り全体を指す言葉のようだ。
一方、英英辞書で hip を引いてみると、
one of the two parts of your body above your leg and below your waist
となっていて、つまり hip は日本語で言うお尻の片側を指すことが分かる。そして、これを読む限り hip は必ずしも背面だけを指すのではなく、ヒップ周りと言うか、ぐるっと全体を指す言葉のようだ。
そして、再度 waist の語釈を読み返すと、
the part of the body in humans between the ribs and the hips
と、hip が複数形で使われており、どうやら英語ではお尻は2つあるようなのである。pants とか shorts とか trousers など、穿く(つまり、足とお尻を入れる)ものが全部複数形になっているのもむべなるかな、である。
しかし、肋骨とお尻の間に挟まれた部分が腰であると言われると、日本語としてはなんだかおかしい気がする。
ことほどさように2言語間の微妙な違いというものはある。少し前にも書いたが、翻訳というのは本当に難しい作業である。
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