MONKEY vol.19 「特集 サリンジャー ニューヨーク」雑誌・柴田元幸責任編集(書評)
【8月31日 記】 2019年10月に発売され、2021年6月に買ったまま放ってあった本。仕事を辞めて時間ができた、と言うより精神的な余裕ができたので、漸く読むことができた。
全部は読んでいない。J・D・サリンジャーの短編『いまどきの若者』(The Young Folks)と『針音だらけのレコード盤』(Needle on a Scratchy Phonograph Record)、F・スコット・フィッツジェラルドの『真珠と毛皮』(The Pearl an the Fur)。訳は当然3篇とも柴田元幸である。
それから柴田元幸による R・O・ブレックマンとニコラス・ブレックマンへのインタビューも読んだ。イッセー尾形の小説は冒頭を読んだものの途中で投げ出してしまった。川上弘美の短編は最後まで読んだ。
これで僕が読んだサリンジャー作品は(訳によってタイトルが違ったりするので原題で書くと)年代順に、
- The Young Folks
- The Long Debut of Lois Taggett
- Last Day of the Last Furlough
- A Boy in France
- This Sandwich Has No Mayonnaise
- The Stranger
- I'm Crazy
- Slight Rebellion Off Madison
- Needle on a Scratchy Phonograph Record
(発表時のタイトルは Blue Melody) - The Catcher in the Rye
- Nine Stories (9篇)
- Seymour: An Introduction Stories
- Franny and Zooey(2篇)
- Hapworth 16
- Raise High the Roof Beam, Carpenters
の24作ということになった。いろんな人の翻訳で何度も読んだ小説もあれば、翻訳と原文の両方で読んだ小説もある。
『いまどきの若者』は従来は『若者たち』という邦題で出版されてきたもので、僕も(例によって記憶はなかったが)金原瑞人訳で読んでいた。
改めて2つを読み比べてみると冒頭から何箇所か訳が違うので驚いた。これは訳し方の違いではなく、明らかにどちらかが誤訳なのだ。
ちなみに前にこの作品を金原訳の短編集で読んだ時に書いた書評を読み返してみると、この作品についての記述はなかった。ほかの8篇に比べて印象が弱かったのかもしれない。
しかし、今回の柴田訳で読むと、柴田が解説しているように、サリンジャーはデビュー作からして完全にサリンジャーなのだということが分かる。ほとんど会話の連続で、そういう意味ではまだプロの作家としてこなれていない感じもあるが、でもこの饒舌さはまさにサリンジャーであり、饒舌の中に獏とした不安や憤懣があるのもサリンジャーである。
『針音だらけのレコード盤』は本邦初訳かもしれない。刊行時には出版社が勝手に Blue Melody に改題してサリンジャーの怒りを買ったということである。
黒人ブルース・シンガー、ベッシー・スミスの実人生を踏まえて書かれたフィクションだそうで、これは良い。僕は気に入った。年代的にも『ライ麦畑』に近いだけあって、少しずつ『ライ麦畑』に近づいている感がある。そして、『ライ麦畑』よりシンプルで分かりやすい。
この辺を是とするか物足りないと感じるかは読者によるだろう。
フィッツジェラルドの『真珠と毛皮』も面白かった。こちらは『グレート・ギャツビー』や『夜はやさし』よりも後の作品で、それらの作品のような破滅感がなく、明るく読みやすい。
漸く読めて良かった。
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