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Saturday, June 18, 2022

映画『恋は光』

【6月18日 記】 映画『恋は光』を観てきた。小林啓一監督・脚本。彼の作品を観るのは『逆光の頃』、『殺さない彼と死なない彼女』に続いて3本目。

客の入りはまばら。しかも、そのほとんどが若い男性の一人客。人気急上昇中の神尾楓珠の主演だから、若い女の子たちで溢れ返っているのではないかと思ったのだが、当てが外れた。

多分彼らはほぼ全員が西野七瀬のファンなんじゃないかな。うん、平祐奈や馬場ふみかのファンではなく西野七瀬のファンであるような気がする。

会話劇である。そして恋愛ドラマである。普段から「甘っちょろい恋愛ドラマなんて」と言っている人は観なくて良い。意地の悪い言い方をすれば、「恋愛ドラマなんて」などと言っている奴にこの映画の素晴らしさが分かるわけがないと思う。

僕は心から気に入ってしまった映画があると、逆に他人に勧めたくなくなる。この映画はまさにそんな作品だった。すこぶる素敵な映画だった。心が洗われた。珍しく女性向けのコミックスではなく、『ウルトラジャンプ』に連載されていた漫画が原作である。

主人公の西条(神尾楓珠)は変な奴だ。僕は一般論として変な奴が好きだし、変な奴が主人公の映画が大好きだ。

彼は哲学者のように思索的で、まるで明治の文豪か、あるいは武士のような喋り方をする。小学校時代からあだ名は「先生」だった。倉敷の大学生で、校正のアルバイトをしている。友だちはほとんどいない。

そんな彼の唯一の友だちが、小学校からの幼なじみで同じ大学に通う北代(西野七瀬)だ。彼は北代のバイト先の釣具店に入り浸り、北代を連れて釣りに行ったりもする。

西条には恋をしている女性が身体から発しているキラキラした光が見えてしまう。そんなこともあって、恋も女性も苦手である。北代は明らかに西条に想いを寄せているが、北代の身体から光が出ていないこともあって、西条はその気持に全く気づいていない。

ある日西条は、教室に置き忘れられていたノートがきっかけで東雲(平祐奈)と知り合う。彼女もまた変わった娘だ。

本が大好きでスマホも持たず、図書館で借りた何千冊もの読書を通じて、恋とは何かを研究・分析している。ある意味、西条と同類で、意気投合してしまう。ふたりは交換日記で「恋の定義」について議論を始める。

そこにもう一人のクラスメート宿木(馬場ふみか)が絡んでくる。彼女は誰かから男を略奪するという形でしか恋愛ができない。ここでも北代と東雲から西条を略奪しようとする。

映画の冒頭は宿木がカフェで頭からジュースをかけられるシーンだった。きっと今ジュースを浴びせて去って行った女の子の彼氏を奪ったのだろう。

そういうところから映画を始める発想がとても面白い。しかも、何の説明もない。ジュースをかけた女の子が去って、宿木が強がりを言って、周りの友だちが笑っているという構造で、いつもこうなんだという状況を伝えてくる。

西条と東雲が北代に紹介してもらう形で改めて顔合わせしたシーンも、会話の音声をオフにして BGM を被せていたのが面白い。それぞれが何を言っているのかは分からないのだが、西条が子供向けの交換ノートを取り出して東雲に見せているのがユーモラスだった。

最初に、何だか聞いたことのない人の、恋愛に関する金言めいた文言が文字スーパーで出るのだが、これも後でちゃんと繋がってくる。

ことほどさように話の紡ぎ方が巧いし、画の繋ぎ方も巧い。そして、台詞回しがこれまた秀逸である。4人の登場人物の個性が見事に織りなされている。

北代と東雲は結局西条をめぐる三角関係になってしまうのだが、そこで相手を避けたり対立したりするのではなく、西条のことをお互いに話してお互いに理解が深まるという構造もすごく素敵だ。優しい優しい物語なのだ。

一方でその三角関係に参画して四角関係になってもおかしくない展開なのに、宿木が全くその輪に入って行けないのも面白い。

原作とは違う結末にしたとのことだが、それも大正解であったと思う

そして、西野七瀬の演技が素晴らしい。このアンビバレントな表情。彼女は神尾より5歳も年上だが、全くそんな雰囲気を感じさせない。ひたすら密かに西条を想い、陰ながら西条の人生を後押ししてきたいじらしい女性を魅力全開で演じている。

岡山県下の美しいロケ風景も相俟って、本当に素晴らしい恋愛モノになったと思う。良い作品に出会ったときの興奮がいまだに醒めやらない。

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