映画『神は見返りを求める』
【6月25日 記】 映画『神は見返りを求める』を観てきた。まことにもって吉田恵輔監督らしい映画。
この作品に監督の悪意を感じ取る人もいるかもしれない。また、そのためにこの映画に嫌悪を覚える観客もいるかもしれない。しかし、こういうことをきっちりと描くのもまた映画なのである。
ゆりちゃん(岸井ゆきの)は底辺ユーチューバー。チャンネル登録者数はめちゃくちゃ少ないし、書き込まれるコメントはほとんど悪口。スパゲティ食べながらフラフープ回す、みたいなつまらない映像ばかり配信している。
YouTube の黎明期ならいざしらず、今どきそんなことやっても受けないだろう。
そんな彼女がイベント会社に勤める田母神(ムロツヨシ)と知り合う。田母神はめちゃくちゃ人が好く、ゆりちゃんに頼まれて彼女の配信を手伝うようになる。田母神は仕事がら動画の編集などもできるので、テロップをつけるのに四苦八苦していたゆりちゃんにとって彼はまさに“神”だった。
しかし、田母神は決して敏腕プロデューサーでも、センス抜群の編集マンでもない。彼の感覚はかなりダサい。ただ、ゆりちゃんもそんなに高度なものを彼に求めていたわけではなく、彼の優しい気持ちだけで充分だった。
田母神は忙しい仕事の合間を縫って、きぐるみを調達したり、ロケ場所まで車で送ってやったり、撮影したり、ポストプロダクションを担当したり、あるいはもめごとの交渉にあたったり、時間も金も費やしてゆりちゃんに協力する。ゆりちゃんは心から彼に感謝し、2人はそこそこいい感じになってくる。
ゆりちゃんは何らかの形でお礼をしなければと思うのだが、彼は「僕は見返りを求めない」と言う。
ところが、彼女が人気ユーチューバーのチョレイ(吉村界人)とカビゴン(淡梨)と知り合い、彼らの動画にゲスト出演して、ちょっとキワモノ系の体当たり芸をやったことで突然彼女自身も人気者となり、優秀なウェブデザイナーの村上アレン(栁俊太郎)と組んだことで動画もどんどん洗練されて行く。
おかげで田母神はどんどん居場所がなくなり、とうとうゆりちゃんに縁を切られる。そのときはすごすごと引き下がった田母神だったが、いろいろなことがあって突然経済的にも逼迫してきた田母神が切羽詰まってゆりちゃんに申し込んだ借金が断られるに至って、とうとう田母神はブチ切れる。
しかし、相手にブチ切れるのは交渉の観点から考えると得策ではない。ブチ切れることによって相手はそれ以上に反発するかドン引きするかのいずれかなのだから裏目に出るに決まっている。
昔の吉田恵輔監督だったなら、『ヒメアノ~ル』や『愛しのアイリーン』を引き合いに出すまでもなく、このあと田母神が狂気じみた怒りに駆られて、ゆりちゃんを残酷に撲殺するような展開にしたかもしれない。
だが、今回は今にもそうなりそうで却々そんな風にはならない。そこに僕は以前の吉田監督との差異を見出した。しかし、そんな風にならないからと安堵していたら、突然脇道から大事故や流血の事態になる。そっちのほうが皮肉ではないか。まことにもって吉田恵輔は油断がならない。
彼は今回もまた、人間の醜いところ、弱いところを抉り出すように描いている。主演の2人だけでなく、田母神の同僚・梅川(若葉竜也)のチャラいマッチポンプ男ぶり。デザイナー村上のカッコつけたいやったらしさ。2人の人気ユーチューバーの無責任な感じ…。
特に若葉竜也、やっぱり飛び抜けて巧いよね。こういう奴実際いるんだよね。そして、そういう奴がこの映画の若葉竜也を見たら「こういう奴いるんだよね」などときっと笑って言うのだ。
さて、「見返りは求めないって言ったじゃない」と言うゆりちゃんに対して、「だからって、恩を仇で返すなよ」と田母神はブチ切れる。そして、こちらも YouTube を使って猛然と反撃に出る。お互いに2人は「あんたが嫌い」と言い合うようになる。
でも、2人にとっては、ある意味あの共同作業は幸せな時間だったのだと思う。特に田母神にとっては人生で最良の瞬間なのではなかっただろうか。ラストシーンを観てそう思った
ムロツヨシが吉田監督作品に出るのは『ヒメアノ~ル』以来だが、今回も非常に良かった。佐藤二朗やムロツヨシは福田雄一監督の下でわちゃわちゃやっているより、こういうシリアスな作品のほうがしっかり個性が出るように思う。
今回は役者のアップが多かったように思う。岸井ゆきのもムロツヨシも、そういう画作りに見事に応えていたと思う。
心に刺さる映画だった。
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