映画『ツユクサ』
【5月7日 記】 映画『ツユクサ』を観てきた。
脚本家の安倍照雄という名前に聞き覚えがなかったので、調べてみたら『ふしぎな岬の物語』を書いた人だと言うので一旦は観ないことにした(笑)のだが、映画通の知人が褒めていたので、気を取り直して観に行った。
平山秀幸監督の映画を観るのはこれが6本目だが、僕の中ではこの人は結局『しゃべれども しゃべれども』を超えるものを撮れていない気がしていた。
この人はあまり SF的だったりサスペンスっぽかったり、あるいは“感動の人間ドラマ”みたいな題材よりも、今回のようなネタのほうが向いていると思う。いみじくも本人が、
ここのところ、作る方も観る方も力が入って構えるような作品が続いたので、今回はリキまない映画づくりをしようと思っていました。
と言っている。そう、まさに今回の作品は「力が入って構える」ような作品とは対極的なところにある。そして、まさに力みの取れた良い作品に仕上がったと思う。
冒頭は天文学好きの少年・航平(斎藤汰鷹)が語る隕石の話。そして、彼が「親友」と呼ぶ、親子以上に年の離れた女性が五十嵐芙美(小林聡美)だ。
芙美は海辺の街のウォッシュタオル工場で働いている。一人暮らし。断酒会に参加している。──そういう彼女のプロフィールが少しずつ語られる。そして、彼女の運転する車に隕石の欠片(だと航平は主張する)が当たって、車は横倒しになる。
横倒しになった軽自動車の中で立ち上がっている小林聡美の構図がなんとも愉快だ。
その芙美を車で迎えに来てくれたのが、同じ工場で働く直子(平岩紙)で、実は彼女が航平の母親である。芙美はこの直子と、同じく同僚の妙子(江口のりこ)と親しく、いつも3人で昼食を取り、たまに3人で買い物にも行く。
そして、芙美と同じく、やっぱりいろいろと悩みを抱えている直子や妙子のサイドストーリーも、芙美の心情と並行して描かれて行く。
そんな中で芙美は篠田(松重豊)と知り合う。ジョギング途中で時々出逢うツユクサの草笛を吹いている人。工事現場で車の交通整理をしている彼にもやはり妄りに語らない過去がある。
そこから先は芙美と篠田という、「いい年をした2人」の恋愛映画になる。まさか小林聡美と松重豊のキスシーンを見ることになるとは思わなかった。よくこういう映画を撮ろうと思ったなと感心した。
小林聡美は『転校生』以来、もう40年も観てきた女優だが、これまでキスシーンがあったかと言われると、ちょっと思い出せない。松重豊は、そう言えば、『しゃべれども しゃべれども』の元・野球選手役で一躍勇名を馳せたのだった。
描き方に全く無駄がない。説明的な台詞も説明的なカットも一切ない。その上で2つのシーンを同じような構図で繰り返したりするいたずらもある。分からない部分は常に残ったままだが、それがそのまま観ている者の心に染みてくる。
初めのほうに小林聡美が足の爪を切っているシーンがある。女優が足の爪を切るシーンも滅多に見られない。そこに見事な生活感が現れている。切った爪が飛び散るピチっという音がする。そんな細かいところも妙にリアルだ。
終わり方も良い。果たしてあの後、芙美はどうなったのだろう? そんなことを考えていると、自分の顔面の力が取れて頬が緩んでくるのを感じる。とても読後感の良い作品になった。
久しぶりに『あなたの心に』をフル・コーラス聴いて、ああ、中山千夏って、こんなに歌が巧かったのかと驚いた。
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