映画『余命10年』
【3月5日 記】 映画『余命10年』を観てきた。
僕は難病ものが苦手で、あまり観ない。
加えて、この映画の監督・藤井道人はどういうわけかずっと全く観る気が起こらない監督である。一度も観たことがないので、どこが悪いとかどこが嫌いだとか言うつもりはないし、言えるはずもないのだが、でも、とにかく観る気が起こらない。
なのに今回観たのは脚本が岡田惠和(と渡邉真子)だったからと、奈緒が出ていたからだ。
奈緒は最近僕が特に入れあげている女優である。僕が彼女を認識したのはかなり遅く、一昨年のカンテレ発のドラマ『姉ちゃんの恋人』だったのだが、その時の脚本家が岡田惠和だった。だから、この映画にも、大げさに言うと何か因縁めいたものを感じて観に行った。
しかし、それにしても、余命10年と言うのはむしろファンタジーにさえ聞こえる。どんな医者にもそんなに長い余命を正確に診たてられるはずがなく、実際には 7年だったり 15年だったりするのではないだろうか?
そう思って観ていたら、映画の初めのほうで、茉莉(マリではなくてマツリ、小松菜奈)が自分で自分の病気のことを勉強して書き取ったと思われるノートのアップに、「10年生存率は極めて低い」などと書かれていて、なるほどそういう意味かと納得はしたが、一方でそれを余命10年と言い切ってしまうのも如何なものかという気がしないでもない(それが茉莉の悲痛な感慨なのだろうけれど)。
というわけで、これはそういうドラマだ。「余命10年」の茉莉が郷里の中学の同窓会で和人(坂口健太郎)と会う。その時はほとんど憶えてもいなかったのだが、その後いろいろあって、自殺未遂をした和人の入院先で彼と再会する。
和人はすぐに茉莉に惹かれるのだが、この男、不器用と言うか、自分をうまく伝えられないと言うか、煮え切らない感じの男でちゃんと告白ができない。一方、茉莉のほうは自分の余命を考えて恋なんかしないと心を閉ざしているので、和人を冷たくあしらう。
その態度を見て、和人はますます悩む。
ドラマは暫くそういう構造で進む。
茉莉が引き合わせた茉莉の大学時代の親友・沙苗(奈緒)と茉莉や和人の同級生だったタケル(山田裕貴)がいい感じでつきあい始めたり、茉莉の姉の桔梗(黒木華)が結婚したりという、対照的な環境を周りに配置して、茉莉と和人のギクシャクを浮き上がらせる構成も巧い。
今挙げた役者が全員巧いしね。そして、冒頭から登場している小道具としてのハンディ・ビデオ・レコーダーの使い方も非常に巧みである。
後半になると、茉莉の頑なな心は少し雪解けして、2人はつきあい始める。しかし、和人は茉莉の病気がそんな難病とは知らず、いつか完治するものと信じ切っている。それ故のすれ違いが描かれる。
岡田惠和(と渡邉真子)の脚本は今回も良くて、和人のバイト先の焼き鳥屋の店長(リリー・フランキー)の「いいこと言うじゃねえか」とか、茉莉の「同窓会なんか行かなければよかった」とか、良い台詞がいっぱいある。
画のほうで気になったのは、オープニングのタイトルバックの満開の桜を背景にした茉莉のカットから始まって、そのあとずっと極端に背景をぼかした映像ばかりが続いたことだ。画面の一番手前の人物にだけ焦点を合わせてあって、ちょっと極端すぎる感じがした。
どうやら僕の家の近所で何箇所かロケをしたようだが、それが分かるのは僕が何度となくその辺りを通っているからであって、看板の文字も電信柱の町名表示も全部ボケていて判読できないので、これがどこか分かるのはほんとに近所の人だけだろう。
まるで後ろの街の様子も向こうを歩いている人も絶対に正体を明かさないぞと言っているみたいに見える(一体何のために?)。
パンフレットを読むと、撮影の今村佳祐がインタビューに答えて、
撮影当初はドキュメンタリー度を強くしたいなと思い、離れた距離から望遠レンズで被写体をとらえようとしました
と言っているが、望遠で撮るとドキュメンタリー度が上がるのか? よく分からない。
さて、この映画には原作があって、「2017年の発売以来、切なすぎる小説として SNS を中心に反響が広がりベストセラーを記録し」たのだそうだ。しかも、その小説の著者も茉莉と同じ病気で、しかもこの映画の茉莉と同じように小説発表後に亡くなっている。
僕は映画を観るときには、むしろそういう裏の事情を徹底的に排除して、ドラマをドラマ単体として捉えようとするからかもしれないが、役者たちも脚本も素晴らしい良い映画ではあったのだが、しかし、何かもうひとつ足りないような気がした。うん、大変申し訳ないけれど、ちょっと安かった。そして、何かもうひとつあったら、その安さを払拭できたかもしれない気もする。
まあ、でも、劇場内のあちこちからすすり泣きが聞こえたのも事実である。「乙女の紅涙を絞る」この手の映画を求める観客もいるのだろう。
僕にとっては奈緒がますます好きになったことだけは確かである。それだけで満足だ。
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