『こわい本 ─異形2─』楳図かずお(書評)
【3月25日 記】 一昨日、東京シティビューに「楳図かずお大美術展」を観に行ったのである。そしたら、子供のときに読んで一番怖かった『半魚人』と『ひびわれ人間』関連の展示が何もなくてとても残念だったのである。
それで、会場を出る前に出口の側にある売店に寄ったらこの『こわい本』シリーズが何冊か置いてあって、その「8」を手に取ったら、なんと冒頭に『半魚人』、その次に『ひびわれ人間』が載っているではないか!
飛びつくようにして買って帰ったのがこの本だ。
さて、当日の夜、寝る前にベッドで読んでみると、昔ほど怖くないのである。
それはひとつには僕が大人になったということなんだろうとは思うのだが、それだけではないような気もする。世の中も変わってきているが、漫画の構造も変わってきているのである。
この本に収められている漫画は、それぞれに幾分「大きい/小さい」はあるが、マスがほぼ碁盤の目に近い形で並んでいる。
今の漫画はそんなことはない。まるで漫画の用紙を破ったみたいに突然巨大なマスが出てきたりする。しかも、それが周りのマスを跳ね飛ばすみたいに斜めになっていたり、あるいは人物がそのマスからはみ出したり飛び出したりすることもある。
そういう構造に慣れていると、この漫画のマスの端正な並びには少し刺激が足りない気もするのだ。
ただ、子供のときに読んだほど怖くはないとは言え、やっぱり怖いのである。
後に完全に半魚人になってしまう兄が、自分の身体の異変に気づいて、弟の次郎に「じつはな、にいさんこのごろへんなんだ」と打ち明けるところから漫画は始まるのだ。何という怖い始まり方か!
2人の世話をしていた“ばあや”はそんな兄が怖くなって辞めてしまう。「おにいさまのことですが、ばあやはおそろしくておそろしくて」と言うのだ。この辺の運びも怖い。
そして、博士を襲って博士になりすました半魚人が、博士の息子で次郎の同級生の健一を半魚人にするべく、まずはナイフで口の両端を割くところなど本当に怖い。
しかし、ナイフが口に入るところまでは描かれているが、実際にナイフが肉を切り裂くところは描かれていない。「ベリッ」という擬音をカナで書き、切ろうとしている半魚人を背後からの、少し引いた画で表している。
これは時代性なのかもしれないが、僕はむしろ楳図かずおという人の作家性であると感じた。
それはひとつにはそういう表現のほうが怖いということを知っているからであり、その一方で、小さな子供たちにあんまり直截で残忍な絵柄は見せないという優しさでもあると思う。
大美術展の記事にも書いたが、この漫画家の真骨頂は構図の凄さだと思う。この本に収められた作品はまだ初期のものなのでそれほど驚くには足りないが、この後どんどん構図は磨かれて、どんどん怖くなって行くのである。
とにかく稀代のストーリーテラーであり、絵かきである。
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