« 『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』近田春夫(書評) | Main | 「キネマ旬報」2月下旬号(2) »

Friday, February 11, 2022

映画『ちょっと思い出しただけ』

【2月11日 記】 映画『ちょっと思い出しただけ』を観てきた。松居大悟監督。

冒頭、高速道路、そこから見える東京タワー、雨、新宿の夜景に続いて、伊藤沙莉が白手袋を嵌めて車を運転しているシーンが来る。暫くして、彼女がタクシー運転手の役だと分かって僕は少し驚いた。

この映画は、松井監督と長らく交流のあるクリープハイプの尾崎世界観が、自身のオールタイム・ベスト映画だと思っている、ジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』に着想を得て書いた新曲『ナイトオンザプラネット』を聴いた松井監督が、「これを長編映画にしたい!」と脚本を書き始めたのが最初だったと言う。

僕は『ナイト・オン・ザ・プラネット』は観ていないのだが、この映画は本作の中でも一部引用されており、そこで主演のウィノナ・ライダーが演じていたのがやはりタクシー・ドライバーだった。そして、同じくジム・ジャームッシュの流れから同監督の映画に出演歴のある永瀬正敏もキャスティングされたとのことである。

さて、話は元に戻って、冒頭から暫くタクシー運転手・葉(よう、伊藤沙莉)の場面が続き、次に怪我をしてダンサーとしてのキャリアを絶たれ、今は劇場の照明係をやっている照生(池松壮亮)のシーンになる。

さて、この2人のストーリーがこの先どこかで交差してくるんだな、と思って観ていたのだが、そうではなかった。あ、なるほど、だからこのタイトルなのか!と合点した。

照生の部屋にあるデジタル表示の壁掛け時計が何度となく映る。残念なことに「7月26日」と書いてあったら頭に入るのだが、日本人の場合「26.Jul.」と書かれていると却々ピンと来ず記憶にも残らない。「えっと、今観ているこのシーンは何日で、さっきのシーンは何日だっけ?」などと考えてしまう。

しかし、観ているうちに全部が7月26日であることに漸く気づいた。そして、曜日が少しずつ違うということは違う年のこの日を描き続けているのだと漸く理解した。この日は照生の誕生日なのだ。

そして、最初のシーンではみんなマスクをしていた。建物に入るときに手指の消毒もしている。「オリンピックやるなんて思いませんでしたね」という台詞もある。つまり、このシーンは 2021年で、そこから1年ずつ、映画は遡っているのである。だから、その後に描かれたシーンでは誰もマスクなんかしていない。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』もそうだが、少しずつ時代を遡って行く映画というのは却々辛いものがある。今の、必ずしもハッピーエンドではない状況を知った上で過去を見るので、野放図な希望を持って見ることができないのである。

そんな状況の中で、映画は葉と照生の恋愛を描いている。ただ、この映画が『ボクたちはみんな大人になれなかった』と違うのは、一番最近の状況は取っておいて、それを映画の最後に据えていることである。これによって、映画はまたひと味違うものになった。

この映画は伊藤沙莉と池松壮亮の2ショットがものすごく多い。しかも、横並びで真正面からの構図──葉が運転するタクシーの助手席に座っている照生、タクシーの乗客として後部座席に座っている2人、部屋で一緒に『ナイト・オン・ザ・プラネット』の DVD を観ている2人、深夜の商店街をこちらに歩いてくる2人を縦長に切り取った構図…。

これほど絵変わりが少ない構図の連続なのに、映画がこれほど面白いのはやはり脚本の素晴しさである。僕は松居大悟作品は『私たちのハァハァ』、『アズミ・ハルコは行方不明』、『くれなずめ』に続く4本目だが、いずれも会話が絶妙で、そこに持ってきて伊藤沙莉と池松壮亮のめちゃくちゃ自然な演技によって、その脚本が見事に昇華されている。心洗われるドラマだ。

確かに、恋愛の初めも、途中も、終わりも、僕らはいつもこんな感じなのかもしれない。

運転している葉と隣に座っている照生のものすごく長い1シーン1カットがあり、これは本当に見ものだ(ちなみに、伊藤沙莉の運転シーンは全て車を牽引して撮ったと知ってこれまた驚いた)。

そして、絵変わりが少ない中、タクシーの窓から見える東京の夜景や、照生がアルバイトをしてる水族館のシーンが大きなアクセントになっている。

脚本をもらった伊藤沙莉は「読んでいてひとつもわからないことがなかった」と言ったという。そりゃ、良い映画になるはずである。

何度も挿入される永瀬正敏のエピソードや、尾崎世界観、國村隼、成田凌、鈴木慶一らが絡んでくるシーンもしっかり機能している。

とても印象的な映画になった。僕はジム・ジャームッシュは『ミステリー・トレイン』と『ブロークン・フラワーズ』しか観ていないが、うん、確かにその線の映画なのかもしれない。いつまでも印象が後を引いている。

|

« 『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』近田春夫(書評) | Main | 「キネマ旬報」2月下旬号(2) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』近田春夫(書評) | Main | 「キネマ旬報」2月下旬号(2) »