映画『明け方の若者たち』
【1月10日 記】 映画『明け方の若者たち』を観てきた。そのあまりに地味な、と言うかキャッチーさに欠けるタイトルのために見過ごしてしまっていたのだが、周りに褒めている人が何人かいたので。
松本花奈監督は『情熱大陸』でも取り上げられていたり、全話を観た深夜ドラマ『ホリミヤ』の演出をしていたりで、僕にとってはそこそこ馴染みがある。まだ23歳。慶應義塾大学に在学中である。
主人公の<僕>(北村匠海)と<彼女>(黒島結菜)の恋愛がメイン。2人きりのシーンが多い。まず黒島結菜が大人っぽくなっていたのに驚いた。彼女も今年25歳。北村匠海も同い年だ。
大学の就職内定者のコンパで知り合い、半ば彼女が誘うような形でつきあい始める。彼女は院生だったので僕より2歳年上だった。恋愛の初めのぎこちない感じ、そして、彼女が年上であるという感じががよく出ている。
僕は印刷出版関連の会社に就職し、優秀な同期・古賀(井上祐貴)と意気投合する。2人とも企画部志望だったが、僕は総務、古賀は営業で、次第に「こんなはずじゃなかった」感が募ってくる。この辺りもよく分かる。
そんな気持ちを抱えたまま、僕は彼女と過ごす時間だけが充実した時間だった。2人のシーンが割合延々と続く。僕が暮らすマンションの狭いバスタブに2人で入っているシーンなど、とても良かった。
そして、中盤、2人が旅行先のホテルでセックスするシーンがあるのだが、これが結構長い。途中何度かアングルを変えながら、この映画のここまでではちょっとなかった感じに描かれていて、僕は「何だろう、これは?」と思った。
2人が初めてセックスするシーンでは、2人がベッドに倒れ込んでフレームアウトしたところでカットだったのに、ここでの執拗さは如何にも不自然なのだ。
そして、僕が「好きだよ」「全部好きだよ」と言うと、大体はこういう時には(たとえそれが嘘であっても)「私も」という言葉が返って来るものだが、彼女はただ「ありがとう」と返す。
さらに続きを観ていると、今まで語られて来なかった事実が描かれる。それで、ああ、この監督はこういうメリハリをつけるんだ、と納得した。初めての夜を軽く薄く描いたのもそのためだ。ここに向かって、こんな風に分かりやすく観客を導くのか、と納得した。
脚本は小寺和久である。
映画はロケにこだわり、冒頭の明大前から下北沢、高円寺、新宿三丁目など、どこだか分からない東京の街ではなく、関東在住であれば多くの人が行ったことがある現実の街の現実の公園や店や劇場が出てくる。
冒頭のシーンでは明大前駅の駅名看板をしっかり映し、ザ・スズナリやヴィレッジヴァンガードなどの店名もはっきり見せている。2人が外国語クイズをするのもどこだか分からないファミレスなどではなく、餃子の王将だ(この場所設定だけは映画オリジナルらしいが)。
古賀がタクシーに乗り込んでドアが閉まる時に「経堂まで」と言っているのが聞き取れるのも、これはストーリーの進行上は必要ないのだけれど、映画の作り手がこだわっているのだということがよく分かる。
そして最後まで見て、あ、なるほど、作者は文字通り「明け方の若者たち」を撮りたかったのだと合点した。
そう、シーンとしての明け方でもあり、若者たちが今置かれている状況の比喩としての明け方でもある。
飲み明かして明け方の街を歩くシーンが美しい。歩きながら喋っている2人(または3人)を、カメラが後退しながら正面から長回しする奥行きのある構図が美しい。
撮影は月永雄太だ。この人はいつもいい画を撮るねえ。
ガツンッとは来ない。けど良い映画だったと思う。
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