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Thursday, September 16, 2021

『浜の朝日の嘘つきどもと』(TV版)

【9月16日 記】 映画に先行して放送された『浜の朝日の嘘つきどもと』のTV版を観た。映画版と同じくタナダユキ監督・脚本。CMなしで54分の作品。

せっかく映画版を観たのでどこかでTV版を配信していないかなと思って検索してみたら U-NEXT でやっていた。

U-NEXT には前から加入していたかと言えばそうではなくて、オリンピック前にテレビを買い替えたときに付いてきた「最大3か月無料クーポン」で加入して今無料期間なのである。加入したものの取り立てて観るものがないなと思っていたのでちょうど良かった。

さて、映画を観たときにはタイトルの「嘘つきども」という表現が今イチしっくり来ないなと思っていたのだが、TV版を観てみて合点が行った。これはTV版用のタイトルだったのだ。

福島中央テレビからタナダ監督へのオファーは最初から映画とテレビを同時に作るということであったらしいが、物語としては後から公開された映画がTV版の前日譚という形を採っている。で、このタイトルは明らかに先行公開・後日譚のTV版のものだ。

TV版の冒頭は映画版のラスト・シーンと繋がっており、自殺を考えている映画監督の川島(竹原ピストル)が朝日座に映画を観に来るところから始まる。

その川島に館主の森田(柳家喬太郎)と浜野あさひ(高畑充希)が嘘八百を並べ立てて自殺を思いとどまらせるというのがTV版の前半である。なんなら資産家の未亡人・松山秀子(吉行和子)も“嘘つきども”に加えても良い。

しかし、映画のエピローグ部分で、森田とあさひがうらぶれた川島を見咎めて突然「いっちょう引っ掛けてやるか。お前は客の金をくすねてる設定な」みたいなことを言い出すのは如何にも無理やり感がある。

ただ、あのシーンを入れておかないと、映画版とTV版が全く繋がらない。そう、内容的にはこれはむしろ全く別の企画だと思ったほうが良い。それを無理やりくっつけたのがあのエピローグだったのだ。

特にTV版の前半は割合コメディ・タッチを意識した作りで、それ故ちょっと滑ってる感もある。

うーん、この企画、TV版と映画版とどちらを先に書き始めたのだろう? まあ、そんなにきっちり分けて書いたわけでもないかもしれないし、撮影上は効率を考えて一緒に撮っているか、少なくとも連続して撮っているはずである。

TV版でもちゃんと茉莉子先生の遺骨が出てくるし、先生が言った「100年後にはお前なんか生きてないよ」という台詞も紹介され、森田の弟が自殺した話も出て来る。

ただ、回想シーンはないし、茉莉子役の大久保佳代子も出てこないので、視聴者にはあさひがなんで先生の遺骨を抱いているのか全く理解が出来ないはず。

その辺りを考えると、TV版のほうはあくまで映画とセットで観てもらうことを想定、と言うか期待したということなのだろう。TV版の尺で書ききれなかったことを映画にはみ出して漸く語れたのかもしれない。

そして、別物とは言え、TV版も映画版と同じようにカメラを固定しての長回しが多い。ただし、こちらはテレビ画面の大きさを意識してか、あまり引いた画は使っていない。

さて、あまりタナダユキらしさが見られなかった前半だが、頭でちょっと出てきた炎上商法のドキュメンタリ映画監督・藤田(小柳友)が後半に絡んできて、漸くタナダユキらしさが出てくる。

藤田ははっきり言ってゲス野郎である。だが、考えていることはあまりに我田引水だが、「俺が自分を正当化しないと誰がしてくれるんだよ」などと、言っていることはムチャクチャながらある程度の説得力があり、「俺はぶれない」と言っているのもその通りだ。

そういう藤田を見ていて、川島は藤田が大っきらいなのだが、一方で一目置かざるを得ないようなところがある。その辺りがまことにタナダユキ的で小気味が良い。結局川島が完全に蘇生してめでたしめでたしみたいな形にしないところも僕が彼女を大好きなところだ。

このTV版はギャラクシー賞の選奨に選ばれたらしいが、はっきり言って映画のほうが完成度は高い。でも、両方見て、そうか森田とあさひはその後もこうやってコンビを組んで楽しくやっているのか、というような愉快さを覚えた。

両方見て良かったんじゃないかな(笑)

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