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Tuesday, August 10, 2021

『NHK 100分 de 名著 カール・マルクス「資本論」 』(NHKテキスト)斎藤幸平(書評)

【8月10日 記】 今年の1月に NHK が放送した『NHK 100分 de 名著』(25分×4回)のテキストブックである(と言っても、僕は Kindle で読んだのだが)。

番組のレギュラー司会は伊集院光と安部みちこアナウンサー、この4回の講師は大阪市立大学准教授の斎藤幸平氏だった。

僕はそのうちの何回かをたまたま見た。先に妻が見ていて、この人は若いけれど世界的に有名な学者らしいと教えてくれた。全部を見たわけではないのだが、とても面白かったので、見た回は途中からだったが最後まで見た。

へえ、面白いな、こういう学者がいるのか、と思った。ちょっと端折りすぎて乱暴な解説になっているなと思ったところもあったが、肝心のところはちゃんと踏まえた上で、新しい視点もあり、それを現代社会に当てはめて、例えばブラック企業を語ったりもしていた。

そのアプローチがとても興味深かったので、改めて活字で読んでみようと思った次第である。

僕は大学でカール・マルクスを学んだ。もちろんプロの研究者である斎藤氏のほうが僕より深く読み込んでいるはずだから、そんな僕が斎藤氏の見解をあれこれ言うのは不遜かもしれない。

でも、僕にしても『資本論』をさらっと読み飛ばしたわけではなく、ものすごく濃いゼミの授業で、みんなで議論しながら、それこそ呻吟しながら読んだので、まあ、多少は言えることがある。

僕が感銘を受けたのは、斎藤氏の読み解きに、言わば労働経済学、あるいは環境経済学的な側面があったからだ。

言うまでもなくマルクスは労働の本質を解明した学者であるから、マルクスを研究するに当たって労働経済学的な視点はあって当然なのだが、環境経済学的な見方をしているところが、僕にとってはとても新鮮だった。

僕が卒業してからしばらくして共産主義国家の崩壊が始まり、マルクス主義は非常に旗色が悪くなった。まるで、1999年の7月に世界が滅亡するようなことを言っていたのに結局大外れしたノストラダムスと同じような扱いを受けていた。

しかし、マルクスは予言者でも占い師でもない。資本主義が自然に滅んで共産主義になると予言したわけでもなく、共産主義国家が理想の国家であるというような短絡的なことも書いていない。

マルクスが資本主義の本質的な問題点を抉り出したということを評価せず、(と言うか、彼が何を書いているのかを読みもせず)単なる時代遅れの現実離れした学者みたいに扱う輩が多いことが、僕らにしてみたら非常に不本意だった。

その後大学でマルクスを扱う講座はどんどん減っていったと聞いていた。

ところが、最近では資本主義社会の行き詰まりや閉塞感から、再びマルクスを読む若い人たちが増えてきたのだと聞いている。そして、その第一人者がこの斎藤幸平氏ということなのだろう。

マルクスが『資本論』を商品の分析から始めたように、この本も同じく商品の本質から説き起こして行く。非常に分かりやすい。マルクスの観念的で分かりにくい著述を非常に分かりやすく噛み砕いて説明してくれている。

僕はこれほど解りやすい「本源的蓄積」の説明を、これまで読んだことはなかった。「疎外」についても適切な解釈と解説が展開されていると思う。自分で訳語を変えた翻訳文を載せているかと思うと、内田義彦などという大昔の大御所まで引用して、非常に幅が広い。

ただ、「神秘的」とか「物象化」などという、僕らが学生時代に読んで頭を悩ませた用語はそのままで、この辺も斎藤氏であればもっと大胆な訳語を充てることもできたのではないかと思ったりもする。

一方で、この本の終盤に

マルクスは環境問題になんてまったく注意を払わなかったとしばしば批判されてきましたが、物質代謝論を下敷きにすると、マルクスが資本主義と自然の関係を視野に入れていた事実が違和感なく浮かび上がってくるのがわかるでしょう。

と書いた部分があり、ああ、このことの"発見"が多分斎藤氏のその後の研究の礎になったのだろうなと興味を持って読んだ。そこから「環境プロレタリアート」などという新しい用語にたどり着いたのだろう。

マルクスは、上で書いたように資本主義の構造的な欠陥を暴いた。しかし、その後の資本主義のさらなる発展、いや、資本のさらなる自己増殖と包摂によって、資本主義の構造的な欠陥はますます見えにくくなってきているのだ。

言わば欠陥が見えにくいという構造を身につけ始めたのである。そこに騙されていると、決して豊かな社会は実現しないのである。

斎藤幸平はそのことを正しく指摘しているように思う。

解りやくすくて読み応えのあるテキストであった。

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