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Friday, June 11, 2021

『滅びの前のシャングリラ』凪良ゆう(書評)

【6月11日 記】 これはあまり僕が読もうと思う類の小説ではない。僕はもっと文学っぽい、悪く言えば文学気取りの作品が好きだ。それがなんでこの小説を選んだのかも忘れてしまった。でも、とても面白かった。

読み終えてから調べたら、ああ、この作家は去年、本屋大賞を受賞しているのか。

ただ、非常に不適切な表現かもしれないが、これは芥川賞を獲るような本格小説ではない。

ここにはハッとしていつまでも記憶に残るようなフレーズが書かれているわけではない。度肝を抜くような世界観が提示されているわけでもなければ、痛いほど鋭い洞察があるわけでもない。

でも、ストーリーは面白い。

ひたすらストーリーで読ませる本であって、読者を唸らせるような表現はどこにもないのだが、しかし、そこにはなかなか捨てたもんじゃない着眼点が随所にあって、読者を共感させるポイントがたくさんある。

読み始めてしばらくは、どうやらこれは学校でいじめに遭っているちょっと太めの男子高校生の片思いの話なんだな、と思う。

ところが、すぐに、小惑星が地球に衝突して1か月後には地球が消滅してしまう、という唐突な設定が現れて、話は新しいフェーズに入る。

その男の子の話の真っ最中でぶった切って章が変わると、突如としてやくざっぽいおっさんが主人公になり、しかも、そのおっさんが兄貴分に頼まれて組長を殺す話になる。

この2つの話が一体どこで繋がるのかいろいろ考えながら読み進むと、途中で、なるほど、そういう設定か、と納得する。

となると、その次の章でいきなりちょっとヤンキーっぽいお姉さんの自伝的な話に変わっても、今度は、ああ、きっと彼女はこれこれなのだな、と容易に想像がつく。

3つの話がきれいに繋がる、よく計算された構成だと思う。

で、なにしろ地球が滅亡するのである。人々の心は必然的に乱れ、必然的に荒れる。その辺りのことは非常に的確に捉えてある。

自棄になって暴徒化する人々が出てくる。略奪が始まる。無法状態になる。インフラが止まり、都市の機能がストップする。街中に悪臭がはびこる。

そんな中で、なんとか健気に生き抜こうとする家族のひたむきな営みが、この著者によって何の飾り気もない普段の言葉で語られるのである。

そう、これは普段の言葉で書かれたストーリーであり、そこには気の利いた表現はない。でも、作家は見るべきところを見て、書くべきことを書いているように思える。カタルシスもある。

なるほどこれは滅びの前のシャングリラだな、と思った。

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