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Wednesday, June 30, 2021

空梅雨

【6月30日 記】 昨日は夜からものすごい量の雨が降った。だが、日中は大体曇っていて、外出した際にも全く濡れなかったし、夜も天気アプリで激しい雨が降ること(あるいは、現に降っていること)は知っていたが、すでに家にいたのでそれほどの実感はない。

今日は会社に行った。今日も朝から雨が降ったようだが、幸いにして降られなかった。でも、会社の前の道はまだ乾いていなかった。

こういうことが続くと、つまり、自分が家の中にいるときばかりに雨が降ると、なんとなく、「ああ、今年の梅雨は空梅雨だなあ」などと思ってしまう。

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Sunday, June 27, 2021

映画『Arc アーク』

【6月27日 記】 映画『Arc アーク』を観てきた。

石川慶監督には最初『愚行録』で度肝を抜かれて、そっち系の監督かと思っていたら次は『蜜蜂と遠雷』で、あららと思っていたら今度はこの映画で、ますます傾向が分からなくなった。この人の志向性は主にどの方向なんだろう?

ただ、この3作には共通点があって、いずれも著名な原作があるということ。僕は SF については疎いのだが、この原作小説『円弧(アーク)』を書いたのは、ヒューゴ賞、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞を受賞しているケン・リュウという、世界的に有名な中国系アメリカ人作家なのだそうだ。

ちなみに、原作の邦題から分かるように、Arc は円弧の意味。箱舟は Ark なので間違えないように。

さて、映画は「17歳」という文字から始まる。主人公のリナ(芳根京子)の年齢のようだ。このスーパーはその後何度も出てくる。

最初のほうは見ていて訳が分からない。17歳のリナの横で寝ている赤ん坊。リナは少し赤ん坊に触るが部屋から出て行く。この間台詞はない。

これはリナが17歳で産んだ息子を棄てて家を出ていったシーンだったのだが、ちょっと分かりにくかった。

次は 19歳時のリナ。なんだかよく分からない店で女たちが踊っている。次がリナの出番で、芳根京子ってこんなに踊れたのかと驚くようなダンス・シーンが続く。そこの客で来ていた永真(えま、寺島しのぶ)に言わばスカウトされて、リナは永真が指揮しているエターニティ社を訪ねる。

エターニティ社で行われているのはプラスティネーションという施術。死体の血液と脂肪を抜いてそこにプラスティックを注入する。言うならば剥製みたいなものだが、内臓と骨は温存され、皮膚も生きている時と変わらない弾力がある。

そして、プラスティネーションが終わった亡骸を今度は数百本の糸で引っ張って立たせ、その紐を永真が踊るように引っ張って美しいポーズを取らせるとボディワークスの完成である。亡くしてしまった大事な人の肉体を美しい形に留めたいと思う顧客が後を絶たない。

この踊るように引っ張るという部分は映画オリジナルなのだそうで、如何にも映像作品らしい良いアイデアだったと思う。

それから、この施設や、後に出てくる療養施設「天音の庭」を訪れた客に、動機や意向などを確認するシーンでは、一般の素人ではないかと思われるような人たちをたくさん使って、正面からのワンショットに収めているのが、まるでドキュメンタリのような効果を与えており、これも巧いと思った。

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Saturday, June 26, 2021

映画『夏への扉 ─キミのいる未来へ─』

【6月26日 記】 映画『夏への扉 ─キミのいる未来へ─』を観てきた。

ずっと気になっていたロバート・A・ハインラインの『夏への扉』を去年の3月にやっと読み終えたら、しばらくしてこの映画化の話が出てきた。しかし、コロナの影響で公開は延期、今日ようやく見ることができた。

映画について最初のリリースが出てきたときから、あ、これはちょっと原作とは違うな、という思いはあった。ハインラインの原作のファンで、ひたすらあの原作を思い浮かべてこの映画を観た人はきっとブーブー言うと思う。

だが、それに縛られずに(あるいは原作なんか全く知らずに)、例えば主演の山﨑賢人のファンだからという理由で観た人や、僕のように三木孝浩監督の長年のファンとして観た人には、別段不満もない。

原作小説の冒頭に、冬が嫌いな飼い猫のピートが、家にある 11 のドアのうちのどれかは夏に通じていると信じて、主人に順番にドアを開けさせるという、あのステキな文章がある。

映画のほうは、時計の音と波の音に続いて、宗一郎(山﨑賢人)の「僕はいつも愛する人を失くしてしまう」という独白から入るが、その後すぐにこのピートの夏の扉の話になる。やはり、この部分を描かないとこのストーリーは始まらない。

ちなみに、ピートを演じたのはパスタとベーコンという2匹の猫だが、この2匹がなかなか“好演”している。

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Wednesday, June 23, 2021

『やがて海へと届く』彩瀬まる(書評)

【6月22日 記】 初めて彩瀬まるを読んだのだが、読み始めてすぐに、あ、これは僕の好きなタイプの作家だなと思った。この人は文章が書ける。ずば抜けて書ける。いや、文章が書けない作家なんて、形容矛盾でしかないのだが(でも、そういう作家はいる)。

始まりは都内のホテルのダイニングバーに勤める28歳の真奈の話。血液検査をしたら、腕に大きな痣ができてしまった。その痣を見て真奈は、

大げさで迫力のあるあざに見とれながら、唐突に、私には体があるんだと思い出した。

などと言う。こういう独特のものの見方、感じ方が随所に出てくる。とても繊細な、と言うよりも、内省的な女性である。

その後にも、

口を動かしながら、私はこんな大げさなことを考えていたんだ、と少し驚いた。

という述懐がある。常に自分の内面を見つめて、自分を修正しようとする営み。

ここにも「大げさ」という単語が現れる。大げさに考えるのはやめなくちゃ、という真奈の心情の現れなのかもしれない。

そんな女性の日常を描いた作品かと思って読み進めて行くと、真奈の親友のすみれの話になる。そして、さらに読み進めて行くと、すみれは東日本大震災が起きたときに現地にいて、それ以来行方不明になっていることが語られる。

すみれの両親はすでにすみれを死んだものとして考え始めている。すみれの彼氏だった遠野もすみれの残した荷物を形見分けしたいと真奈に言ってくる。

真奈ひとりだけが、すみれの死を受け入れられない。死んだとは思いたくない。その一方で、すみれの不在は大きな哀しみとなって真奈に覆いかぶさってきている。

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Tuesday, June 22, 2021

『そうして私たちはプールに金魚を、』

【6月21日 記】 いつか観ようと思っていた『そうして私たちはプールに金魚を、』を WOWOW の録画で観た。サンダンス映画祭で短編部門のグランプリを受賞した長久允監督の 30分の掌編である。

始まったと思ったらいきなりテンポ速い速い!

これは埼玉県で実際にあった、中学校のプールに400匹の金魚が放たれた事件を基にしているが、それはひとつのモチーフでしかない。

全てのシーン、全てのカットが映像の遊びである。そう、軽やかで豊かで、超スピードの遊びである。まずはアートありき。そして、そのアートがあるからこそ、映画はいろんなことを物語れている。

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Monday, June 21, 2021

『大豆田とわ子と三人の元夫』と『コントが始まる』

【6月21日 記】 今クールは『大豆田とわ子と三人の元夫』、『コントが始まる』、『ドラゴン桜』と3本もプライムタイムのドラマを観て、それ以外にもまだ観ていた深夜ドラマもあって、結構忙しかった。

で、『大豆田とわ子と三人の元夫』と『コントが始まる』は最終回まで見終わって、この2本が双璧だったなあと思う。

そう、『ドラゴン桜』は面白かった(まだ続いてるけど)が『大豆田とわ子と三人の元夫』はそれより遥かに面白かった。そして、『コントが始まる』はもう死ぬほど面白かった。この2本が今期の、いや今年の、いや令和の、いや今世紀の双璧だったと言っても良い。

『大豆田とわ子と三人の元夫』は、その設定を見るとかなり作り物感のある、ある意味奇を衒った作品だった。だが、その会話は日常生活から浮いたものだったかと言うと全くその逆で、ある意味僕らの生活に溢れているバカ話で構成された物語だ。

岡室美奈子はこのドラマを「慎森が雑談できるようになるまでの物語」とまとめていたけれど、彼女の分析の通り、全てのストーリーは雑談を中心に進められる。

雑談を繋いで作ったようなドラマだから、とわ子の親友かごめが死ぬところも、とわ子が小鳥遊と別れるシーンも描かれない。視聴者は葬式のシーンになってやっと、「え? かごめは死んじゃったの?」と気がつき、とわ子が「今お別れをしてきたの」という台詞を聞いて初めて、「え? 一緒にマレーシアに行くんじゃないのか?」と驚く。

そういう進行は確かに視聴者の予想を裏切ることを狙ったようにも見えるが、実はそんな小さなところを狙ったわけではないということは、最終回まで見た人なら納得できるはずだ。

このドラマは修羅場を描かずに喪失感を描き、くだらない雑談の中に生きる喜びを表したウルトラCだった。

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Sunday, June 20, 2021

映画『ヒノマルソウル ~舞台裏の英雄たち~』

【6月19日 記】 映画『ヒノマルソウル ~舞台裏の英雄たち~』を観てきた。

そもそもは、冬と夏との違いこそあれ、同じ日本でのオリンピックを盛り上げるという狙いもあって製作された映画なのだが、コロナのせいで2度も3度も公開延期になり、おまけにコロナのおかげで東京オリンピック自体が微妙な雰囲気に包まれてきたことも相俟って、なんだか可愛そうな映画である。

最初のリリースからあまりに時間が経ってしまって、もはや誰が監督だったか思い出せないまま観に行ったのであるが、エンドロールで思い出した。これは大勢いる僕の好きな監督たちの中でもとりわけ好きな飯塚健監督の作品だった。

で、これは映画化するにはなかなか難しい題材である。

長野オリンピックの放送をリアルタイムで観た人であれば、スキー・ジャンプの団体で日本が金メダルを獲ったことは誰でも知っている。泣き虫原田が泣いていた情景まで脳裏に浮かぶ人もあるだろう。

もう少し若くて、それをテレビで観た記憶のない人であっても、きょう日は検索すれば何でも出てくるので、昔にみたいにおばあちゃんに聞かなくても金メダルの事実は知っているし、アーカイブの映像で観たことがある人もいるだろう。

つまり、皆が結果を知っている物語を映画にするのであり、これを盛り上げるのは却々難しいと思う。

しかも、僕らは田中圭が演じた主人公の西方や、原田、船木、葛西、岡部らの、名前は当然しっかり憶えているし、そのうちの何人かははっきり顔が浮かんだりもする。そういう、ある部分すでにイメージが固まった人たちを描くのは大変難しいだろう。

しかし、この映画が作られなければ、テスト・ジャンパーなどという人たちが、しかもこんなに大勢いるとは知らなかったし(もちろん冷静に考えれば当然そういう役割は必要であると想像はつくのだが)、そこに前回五輪のメダリストが含まれていることも知らなかった。

しかも、本番が中断になった吹雪の中を 25人ものテスト・ジャンパーが飛んだのか!と。

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Saturday, June 19, 2021

映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』

【6月19日 記】 映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』を観てきた。僕は監督か脚本家で映画を選ぶことがほとんどだが、この映画は誰が監督なのか全く意識せずに観に行った。それは前作が面白かったから。何故前作を観たかと言えば面白そうだったから。

そして、今回もこの期待を全く裏切っていない。それはひとえに主演の岡田准一が自らデザインして自らスタントなしで演じているアクションの凄さ、面白さに負うところが大きい。

単に殴る蹴る飛ぶ跳ねるの面白さではなく、それぞれのシチュエーションのアイデア、今回で言えばとりわけ崩れて行く建築足場を、足場が崩れるよりも速く走るというようなことであり、それをカメラに収める構図であったりする。

ちなみに監督は前回も今回も江口カンという人で、この人は CMディレクター出身らしい。

そして、例によって、思いっきりデフォルメされたレギュラーの登場人物のキャラが立っていて、それだけでもかなり楽しめる。

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Thursday, June 17, 2021

音楽と恋愛と

【6月17日 記】 音楽の好みって人それぞれでかなり違っていて、例えば誰かが「このミュージシャンが好き!」と言っているのを聞いて、「あ、俺もそれ好き!」と思うことももちろんありますが、一方で「あ、そんなのが好きなのか」と思うこともあります。

同じ歌手/バンドの作品であっても、「自分はこの時代の、このアルバムが好き」と言っているのを聞いて、「よりにもよってそこかよ」と思うことさえあります。

ま、もちろんそんなことはわざわざ言いませんけどね(笑)

人が誰と恋に落ちるかと同じようなもんで、みんながそこそこバラけているから良いんですよね。

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Monday, June 14, 2021

Play Log File on my Walkman #142

【6月14日 記】 Walkman を買い替えてから初めてのプレイログ披露。確かに前より音は良くなった気がする。今回も5曲。

  1. フラワー・ドラム・ソング(Pizzicato Five)
  2. ここは六日町あたり(斉藤哲夫)
  3. 青空のナミダ(高橋瞳)
  4. YAH YAH YAH(CHAGE and ASKA)
  5. あの娘に逢えたら(吉田拓郎)

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Saturday, June 12, 2021

映画『はるヲうるひと』

【6月12日 記】 映画『はるヲうるひと』を観てきた。佐藤二朗原作・監督・脚本・出演。だが、いつもの、突然何言ってんだか分からなくなる佐藤二朗はそこにはいなかった。

ひょっとしたらこれまでの映画やドラマでも(福田雄一監督のものは別として)監督から「いつものあのパタンはここではやめてほしい」と言われる場面があったかもしれない、と言うか、そろそろそういうシチュエーションが出てきても不思議ではない。

だが、今回は他人に言われたのではなく、自分で封印したのだ。これは本気である。

その佐藤二朗がおぞましいほど傍若無人な男を演じている。

舞台はどこかの島。島を挙げての売春島である。哲雄(佐藤二朗)はそこで親の代から引き継いだ売春宿「かげろう」をやっている。そこで働く女たちは峯(坂井真紀)、純子(今藤洋子)、りり(笹野鈴々音)、さつみ(駒林怜)の4名。正直言って、あまり買いたい面子ではない。

そして、そこには哲雄の腹違いの弟・得太(山田孝之)と妹・いぶき(仲里依紗)が一緒に暮らしている。得太は洗濯や買い物などの雑務とポン引きをやっているが、兄の暴力と恫喝に完全に支配されて、いつもビクビクしている。

いぶきは持病もあって、この家では唯一身体を売らない女だ。それだけに他の女たちに僻まれたりもして、時々喧嘩になる。そして、いぶきは自室に引きこもり、毎日に浴びるように酒を飲んでいる。

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Friday, June 11, 2021

『滅びの前のシャングリラ』凪良ゆう(書評)

【6月11日 記】 これはあまり僕が読もうと思う類の小説ではない。僕はもっと文学っぽい、悪く言えば文学気取りの作品が好きだ。それがなんでこの小説を選んだのかも忘れてしまった。でも、とても面白かった。

読み終えてから調べたら、ああ、この作家は去年、本屋大賞を受賞しているのか。

ただ、非常に不適切な表現かもしれないが、これは芥川賞を獲るような本格小説ではない。

ここにはハッとしていつまでも記憶に残るようなフレーズが書かれているわけではない。度肝を抜くような世界観が提示されているわけでもなければ、痛いほど鋭い洞察があるわけでもない。

でも、ストーリーは面白い。

ひたすらストーリーで読ませる本であって、読者を唸らせるような表現はどこにもないのだが、しかし、そこにはなかなか捨てたもんじゃない着眼点が随所にあって、読者を共感させるポイントがたくさんある。

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Thursday, June 10, 2021

『ネットフリックス vs. ディズニー ストリーミングで変わるメディア勢力図』大原通郎(書評)

【6月10日 記】 動画のストリーミング・ビジネスを軸に新旧のメディアの全体的な動きを綴った本である。そこに『ネットフリックス vs. ディズニー』などというメインタイトルをつけるのは、如何なものだろう。

この本の観点は必ずしもその2社には絞られておらず、もっと全方位的な概観を記録したものである。

恐らく『ストリーミング・メディア概観』みたいな穏やかなタイトルを付けるよりも、抗争の内幕でも暴露しているのではないかと思わせる扇情的なタイトルにしたほうが売れるだろうという、出版社の浅知恵なのだろうなと想像する。

そういう意味で「羊頭を掲げて狗肉を売る」感じのタイトルなのである。しかし、狗肉は食えないかと言えば必ずしもそうでもない。

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Tuesday, June 08, 2021

Walkman 買い替え

【6月8日 記】 このブログにも何度か書いているが、僕はミュージック・プレイヤに関しては SONY の Walkman を使っている。もちろん CD で聴くこともあるし、Amazon Music も聴くが、iTunes で聴くことはめったにない。

で、その Walkman を買い替えた。今使っている Walkman には 3000曲ほど入れていて、そろそろ容量いっぱいになってきたのと、11年前に買った古い機種なので Bluetoooth 機能がついておらず、そろそろ Bluetooth 接続できないと不便だなと思い始めていたからだ。

で、テレビを買ったときのポイントも使っていそいそと買って帰っていざ聴いてみようとしたら、これが結構めんどくさい。

まず、パッケージを開けたら「専用のヘッドフォン/イヤフォンで聴け」と書いてある。非対応のイヤフォンで聴くとピーっという雑音が混じる可能性があるとのこと。もう一度お店に買いに行く気力がなく、これはネットで注文し、翌日に届いた。

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Sunday, June 06, 2021

映画『るろうに剣心 最終章 THE BEGINNING』

【6月5日 記】 映画『るろうに剣心 最終章 THE BEGINNING』を観てきた。大友啓史監督。

2012年に初めて映画化された『るろうに剣心』シリーズの最終作ではあるが、タイトルが示す通りこれは今までのストーリーの前日譚であり、時代的には一番古い。

映画は冒頭からいきなり緋村抜刀斎(剣心)(佐藤健)が大勢の敵を斬って斬って斬りまくる。

僕の隣に(と言ってもコロナ禍なのでひとつ置いて隣だが)小さな女の子を連れた若いお母さんが来ていたのだが、その子がものすごく怖がってパニクってしまった。お母さんは最初はうまくあやして自分は見続けようと思ったようだが、結局あきらめて、そのシーンが終わりきらないうちに親子で退場してしまった。

それくらい、この映画の殺陣は激しいし、真に迫っており、だからこそ残虐である。これはそういう映画なのである。

だが、一連のシリーズの中で位置づけると、もちろんそういう斬り合いはふんだんに出て来はするが、今回はむしろ剣心と巴(有村架純)の純愛物語なのである。

ここまでの作品をずっと観てきた者にとっては、巴は剣心に斬り殺された清里(窪田正孝)の許嫁であることは知っている。しかし、もしもこれまでを全く知らない人が見ても決して訳が分からない作品にはなっておらず、最後に巴が清里の許嫁であったと種明かしされて驚かされる構造の物語になっている。

かたや、ずっと観てきたファンは、前作『るろうに剣心 最終章 THE FINAL』を見ながら、「え? 有村架純は佐藤健に殺された窪田正孝の許嫁じゃなかったっけ?」と首を傾げていたのが、今回の映画を最後まで見て、やっといろんなことが全部繋がった。

前作でいくつかイミシンな回想シーンをインサートしてきたのが非常によく効いている。これは巧い構成だと思った。

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Saturday, June 05, 2021

映画『HOKUSAI』

【6月5日 記】 映画『HOKUSAI』を観てきた。橋本一監督。

中学時代に教科書に載っていた喜多川歌麿や東洲斎写楽の絵を見て、「当時はなんでこんなものが爆発的に受けたんだろう?」と思う一方で、葛飾北斎の絵に関しては、「これは現代でも分かるなあ」と思った記憶がある。

この映画ではその3人が一同に会している。歴史上ほんとうにそんな場面があったのかどうかは分からないが。

映画の主人公の北斎は若い頃を柳楽優弥、年を取ってからは田中泯、歌麿は玉木宏、写楽は浦上晟周が演じており、その3人を繋ぐ役割として目利きの版元・蔦屋重三郎が登場する。これを演じるのは阿部寛である。

さらにもうひとり、これも歴史の教科書には載っていて名前ぐらいは憶えていた戯作者・柳亭種彦が出てくる。種彦は武士でありながら幕府が禁ずる戯作文学を隠れて物している。種彦に扮したのは永山瑛太だ。

この種彦の本の挿絵を描いていたのが葛飾北斎という設定である。

映画は「公権力の弾圧 vs 表現の自由」の闘いみたいなテーマに落とし込んでおり、随分とスッキリして見やすい作品になっているが、その分やや近現代の価値観に寄り過ぎであり、紋切型になった感じもしないではない。

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Friday, June 04, 2021

映画館とテレビ

【6月4日 記】 僕は長年、映画とテレビドラマの違いということに関して、自分なりの感覚を抱いてきた。Popcorn1085072_1280

それは、「モニタやスクリーンに映し出された人物のサイズが、自分より大きいのは映画、小さいのはテレビ」ということだ。

いや、言うまでもないが、もちろんそれは構図による。そして、テレビモニタや映画のスクリーンのサイズにもよる。

小さなテレビ画面であっても、カメラが出演者の顔に極限まで寄ったカットであれば、多分現実の人間の顔より大きく映っているだろう。だが、テレビがそういうカメラワークをするのは、何か特別の一瞬を伝えるための手法である。

そうではない、普段のと言うか、ドラマを進めるための大半のカットでは、テレビの中の人間はテレビを見ている人間より小さいのだ。

それに対して、もちろん映画の中の人物が現実の人物より小さく映し出される引いた構図もあるにはある。しかし、こちらもドラマを進めるための大半のカットでは人物は観客より大きいのである。

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Wednesday, June 02, 2021

テレビ買い換え記 ~その4~

【6月2日 記】 新しく買ったテレビのことばかり書いている。すでに僕よりも1~2年早くテレビを買い換えている人にとっては「何を今さら」という話だろうが、やっぱり驚きがあるので書く。

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