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Saturday, May 29, 2021

映画『茜色に焼かれる』

【5月29日 記】 映画『茜色に焼かれる』を観てきた。いやぁ、石井裕也はやっぱりすごいわ。よくもまあこんな脚本を書き、こんな映画を撮った。

冒頭、ちゃらちゃらした感じで自転車に乗って横断歩道を渡っていた田中陽一(オダギリジョー)が、アクセルとブレーキを踏み違えた老人にはねられて即死するのだが、いきなりここで車と人の動きを説明するためにアニメーションが出てくる。これには驚いた。

そこら辺の監督なら、そんなとこにアニメなんぞ使わずに実写で描きたいだろう。当然肝心なところはちゃんと実写を撮っているので、このシーンはアニメがなければ構成できないものではない。後のシーンでこのアニメがもう一度出て来はするが、それほどの必然性もない。

何故わざわざアニメなんだろう?と訝りながら、でも、そこが面白い。

そういう意味では、映画のファーストカットはテロップ「田中良子は芝居が得意だ」だ。変な始まり方だと思ったが、映画が進むにつれてこの言葉がどんどん深いものになって行く。、

さて、物語は田中良子(尾野真千子)が、7年前に夫を轢き殺しながら、アルツハイマー型認知症を患っていたからなのか、逮捕されることさえなかった元高級官僚・有島(享年92)の葬儀に出席しようとして、遺族に追い返されるシーンから始まる。

良子は「有島さんの顔を見てみたかっただけ」と言うが、有島の息子(鶴見辰吾)や顧問弁護士の成原(嶋田久作)にとっては、それは悪質な嫌がらせにしか思えない。いや、良子の息子の純平(和田庵)でさえ理解できないと言う。

ここはひょっとしたら、田中良子という人物がときどき理解しがたい行動をするちょっと変わった女性であるということを印象づけるためのシーンだったのかもしれないが、でも、僕は一瞬にして「ああ、なんか、その気持分かる!」と思ってしまって、そこからどんどん映画にのめり込んだ。

この映画は、監督自身もそんなことを書いているが、「意味不明のルールに縛られて翻弄される人たちの苦しみと怒り」みたいな捉え方、書き方をよくされている。が、僕はルールということにはそれほど意識が行かず、むしろ「分からないことを認める」映画である気がした。

良子は、コロナ禍の影響もあって経営していたカフェが潰れ、また有島家が申し出た賠償金を意地になって一銭も受け取らなかったこともあって、お金に困ってスーパーでのパートの傍ら、風俗でも働いている。

画面にはシーンごとに、アルバイトの時給がいくらだとか、本日の食事代がいくらだとかいうテロップが出る。ひとつ残念だったのは風俗の収入が時給で表示されたこと。日本で女性を時給で雇うような風俗なんか一軒もないのではないか?

さて、そこからストーリーは、学校でいじめを受ける息子・純平のこと、風俗店の同僚のケイ(片山友希)のこと、良子の何年ぶりかの恋など、結構うねって行くのだが、どんなことがあっても良子はほっと息を吐いてから「まあ、頑張りましょう」と言う。

この諦観と、その裏返しの強さがなんとも魅力的だ。石井監督は早い段階から尾野真千子を想定していたらしいが、こういう感じを出せる女優って、やっぱり尾野真千子なんだろうなと思う。そして、ケイ役の片山友希と風俗店の店長・中村を演じた永瀬正敏の演技が、これまた秀逸である。

亡くなった陽一のバンド仲間(芹澤興人)やスーパーの上司(笠原秀幸)や純平の担任教師(泉澤祐希)や良子の元同級生・熊木くん(大塚ヒロタ)らが、みんな善人ぶったとんでもない奴らである中で、ヤクザとも繋がっていてちっとも善人ぶらない中村の暖かさが一直線に刺さる。

パンフレットの解説文が、終盤で母と息子が自転車の二人乗りで夕暮れの街を走るシーンに触れて、「この二人乗りでさえ、社会のルールに反している」と指摘しているのを読んで、ああ、なるほどと思った。このシーンはとても良いシーンであるだけにとても皮肉だ。

振り返ってみると、その前のシーンで良子は盗んだ自転車を返しに行く。これで元通りルールに従った生活に戻ったように見せておいて、実は母子の愛情通う二人乗りもルール違反だという辺りが非常に深い。

今、多くの映画が、誰もマスクをしていない現実離れしたドラマを描いているのに対して、ちゃんとコロナ禍中の生活を描いているのも偉いと思った。

パンフを読むと、出演者たちの石井監督に対するリスペクトが溢れ返っている。細部に分け入ると、もっともっと書きたいことはあるのだが、長くなったのでここらでやめておく。

やっぱり石井裕也はタダモノではない。

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Comments

近年、自転車の二人乗りだけは映画倫理としてお目溢し対象になったようです。その昔、極悪非道な犯罪者が急いで車を出すシーンで安全ベルトを締めるのを見て仰天したものですが。

Posted by: hikomal | Saturday, May 29, 2021 21:43

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