『スパイの妻』
【5月8日 記】 というわけで、巣篭もり録画再生の2本目は『スパイの妻』。
僕はこの映画を映画館で観なかった。それは、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞したとは言うものの、僕の周囲の反応が良くなかったからだ。
でも、それだけならば観に行ったかもしれない。引っかかったのは、「黒沢清らしくない」との声を数多く聞いたからである。そう言われると、長年の黒沢清ファンとしては腰が引けてしまう。
そして、実際に観てみて、確かにそうだと思った。
いや、別に退屈で面白くいない映画だとは言わない。しかし、それにしても、なんで急にこんな時代劇を撮ろうと思ったのだろう? チャンバラではないにせよ、1940年の神戸が舞台となると、昭和の世ならともかく、今では完全に時代劇の部類である。
歴史ものが悪いとは言わない。でも、僕は今の日本、今の世界の底に沈殿している恐怖や不安や違和感を描く黒沢清が観たいのである。歴史ものは他の監督が撮るだろう。
映画の作りが何とも言えず、昔っぽい。特に喋り方が、とりわけ蒼井優の喋り方が、昔の日本女性、と言うよりも昔の日本映画出演女優みたいに平板なのが変だ。これは狙ったのか、そうなってしまったのか?
そして、いつものような、無人のカットなのにカメラワークだけで怖いというような画作りがない。
結局のところ黒沢清は、こんな風に部分的に史実を絡ませた話よりも、現代の井の頭線沿線の一軒家で繰り広げられる家庭の話や、ウラジオストクやウズベキスタンみたいな辺境に渡った日本人の話や、死んでしまったはずの人間や、侵略してきた宇宙人の話のほうが圧倒的に面白いのである。
その一方で、こういうのがヨーロッパで受けるんだろうなというのもよく解る。
たまにそういうのを撮って、賞をもらうのも良いだろう。でも、お願いだから、そっちの方向には行かないでほしいと、祈るような気持ちで映画を見終わった。
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