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Saturday, May 01, 2021

「さん」付けの怪

【5月1日 note から転載】

スピッツ呼び捨て事件

女優で歌手の上白石萌歌がテレビ出演したときに、スピッツを呼び捨てにしたことで物議を醸したと、後から知って驚いた。

僕が読んだのはこの記事である。

上白石萌歌の「スピッツ」呼び捨て発言が波紋…丁寧すぎる「さん付け」はむしろ失礼?

結局、そもそもスピッツのメンバーたち自身が「さん」付けで呼ばれることを快く思っていないということもあり、スピッツの大ファンである上白石萌歌はそのことも踏まえて「さん」を付けずに呼んだのだと擁護する人も出てきて、なんとなく終息したようだ。

しかし、なんであれ、グループ名に「さん」を付けないのは失礼であると思う人がいること自体に僕は驚いたし、しかも、「さん」を付けない人を悪し様に言ったりする人がいることにも仰天した。

この記事の著者・小泉カツミも書いているが、じゃあ、ビートルズさんとかローリングストーンズさんとか言うのか?と考えると、それはちょっと妙な感じがする。「俺の好きなバンドはキッスさんだ」とか言うのか(笑)

確かにそこにも書いてあるように、僕らも仕事中に「電通さんに」とか「日テレさんは」とか言うことはある。しかし、それは目の前に電通や日テレの人がいる場合であり、社内の打ち合わせでは当然「電通に」「日テレは」と呼び捨てである。

ただし、その考えで行くと、上白石萌歌のテレビ出演の際にはスピッツが目の前にいたらしいから、自分で言っておきながら辻褄が合わず、基準がよく分からなくなってしまう。

個人名への「さん」付けについては後述するが、例えば、僕が今書いているこの文章においては、表記のゆらぎを排除するために全て「さん」抜きで書いているが、上白石萌歌と小泉カツミは「さん」付けであっても違和感はない気がする。

また、小泉カツミの文章の表題には「さん付けはむしろ失礼?」という表現があるが、その考えにも今イチ同意できない。

付けないのが失礼であるということに賛同しないように、付けたら失礼であるという理屈もすんなりとは腑に落ちない。

スピッツのように嫌がる人がいる場合はやめたほうが良いというのが主旨であるとしたら、記事でいろいろなグループを取り上げるときには、いちいち彼らの所属事務所に「さん」をつけてほしいかほしくないかを打診して、それぞれに書き分けなければならなくなる。それはあり得ないだろう。

メール黎明期の敬称論争

グループに「さん」を付けるか付けないかという問題からは少し外れるが、このような敬称をめぐる論争は実は大昔にもあった。

若い人は知る由もないが、世の中に電子メールというもの(今でこそメールと言えば eメールのことだが、当時は単純にメールと言えば郵便物のことだった)が出てきたころの話だ。

ある人たちが、メールの宛先欄に書いた名前には必ず「様」を付けておかないと失礼だと言い出したのだ。僕はその考えには全く同意できなかった。

そもそもメールの宛先欄はメールを送った相手に対する情報ではなく、メールを届けるシステム上のサーバやルータに対する指示(及びメールを書いた本人の確認用)である。

そこに「様」をつける必要など全くないはずだ。「様」はメール本文の冒頭に「○○様」という形で付けておけばそれで良いのである。

だいいち、自分が最初の発信人である場合なら良いが、複数人宛のメールに対して「全員返信」や「転送」をする場合はどうするのか? 最初の発信人が宛先欄に「様」を付けていなければ、それはそのまま返信や転送のメールに引き継がれる。それをいちいち書き換えろと言うのか?

そのことからも分かるように、メールの宛先欄はメーラーがアドレス帳/連絡先や、あるいは送られてきたメールから自動的にコピペしてくるものなのである。もしもそこに自動的に「様」を付けたいのであれば、元のアドレス帳/連絡先に記入する時点から「様」を付けなければならない。

──自分の住所録にいちいち「様」付けで書いてる奴なんているか?

そういう考えから、僕は「様」を付けないのは失礼だとする考え方に激しく抵抗して、相手がどんなに偉い人であろうと、平身低頭するべきお詫びのメールであろうと、決して宛先欄に敬称は書かなかった(もちろん本文中には書いたが)。

幸いにして、最近ではそういう主張をする人はあまり見かけなくはなったが…。

番組記事や映画評の記述の変化

小泉カツミの文章にも米津玄師が怒られた例が載っているが、僕も同じような経験がある。あれは多分10年近く前だったと思う。

何かのテレビ番組について twitter でつぶやいたときに、「出演者の○○が」みたいな書き方をしたら、知らない人から「呼び捨てにするのか」という抗議のリプが来た。

僕は、「なんか、ややこしい人に捕まっちゃったなあ」と思いながら、こんなことで騒ぎを大きくしても仕方がないので、「あ、ファンの方ですか? 気を悪くされたのならゴメンナサイ」みたいな軽く謝るツイートを返した。

そしたらその人から「世の中には謝って済むことと済まないことがある」というリプが来て、腰抜かすほど驚いた。

出演者の敬称抜きで番組を語ることは、謝っても済まないことだったのか!(僕は本来謝る必要もないことだと思ったけど、大サービスして謝ってさしあげたというのに!)

そう言えば、ここ2~3年でテレビ番組や映画の紹介記事の書き方も随分変わってきた。

以前であれば、

【あらすじの場合】子会社に出向になった半沢直樹(堺雅人)は…
【番組評の場合】半沢直樹を演じた堺雅人が鬼の形相で…

みたいな書き方が当たり前だったのが、最近では

【あらすじの場合】子会社に出向になった半沢直樹(堺雅人さん)は…
【番組評の場合】半沢直樹を演じた堺雅人さんが鬼の形相で…

みたいな書き方が増えてきている。僕はこれが気持ち悪くて仕方がない。フラットな立場から番組や映画を紹介し、あるいは論評しようというときに、どうして「さん」が必要なんだろう?

だったら、箇条書きで内容を紹介するときも、

出演:堺雅人さん、香川照之さん、上戸彩さん、及川光博さん

みたいに書くのか!と嗤っていたら、最近本当にそういう書き方をした記事が少なからず出てきて、ただただ驚愕するばかりである。さすがに Wikipedia はそういう記述にはなっていないが、いつそうならないとも限らない勢いである。

これからの呼び方、これからの表記

この傾向はどこまで行くのだろう? これからは政治記者も、

今般の自民党さんのコロナ対策は穴だらけである。

みたいに書けというのだろうか?

スポーツ記者は、

阪神タイガースさんが読売ジャイアンツさんを3対2で下しました。

と書けというのだろうか?

何でもかんでも「さん」を付けようとするのは、安直に「『さん』さえ付けておけば安心」という、むしろ慢心に裏打ちされた態度であって、本当の意味での敬称ではないのではないだろうか。

僕はムーンライダーズの何十年来のファンだが、たとえ彼らが目の前にいたとしても、決して「ムーンライダーズさん」とは言わない。

メンバーは鈴木慶一さん、鈴木博文さん、白井良明さん…

みたいな書き方もしない。「メンバーは鈴木慶一、鈴木博文…」で良いではないか。もちろんメンバーを前にしたときには「慶一さん」「良明さん」などと「さん」付けで呼ぶだろうが。

でも、同じファンの中に「ムーンライダーズさん」と呼ぶ人がいてもそれほど抵抗はない。ただ、僕に対して「お前、ムーンライダーズなんて呼び捨てにして、失礼だろう」と言ってくる人がいるとしたら、それは到底やり過ごすことはできない。

──結局のところ、現状ではそういうことなのかなあと思う。

失礼か失礼でないかよりも、むしろ、自分の不充分な価値判断を他人に押しつけているのだという自覚のないことのほうが問題であるような気がしてならない。

皆さんはどうお感じだろうか?

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