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Tuesday, April 13, 2021

映画『BLUE ブルー』

【4月13日 記】 映画『BLUE ブルー』を観てきた。

吉田恵輔の監督作品は2作目の『机のなかみ』以降全部観てきたが、ここのところの彼の映画では、ラブコメだと思って観ているとある時点から突然スプラッタ・ホラーに一変したりする面白さ/怖さがある。

今回もそれを期待して観に行ったのだが、しかし、今回は最初から最後までボクシング映画だった。

何故こんな映画を撮ったのだろうと不思議に思ったのだが、終わってからパンフを読んで分かった。吉田監督は中学2年からずっとボクシングをやっているのだそうだ。アマチュアとは言え30年も続けている正真正銘のボクサーである。そして、かなりのボクシング・マニアでもある。

今回、脚本・監督だけではなく殺陣指導も自ら行い、ボクシングのシーンは全てのコンテを自分で書いたと言う。それほどの人だから、ボクシングのシーンは極めてリアルである。

でも、この映画は、劣勢に立っていた挑戦者が努力と根性で逆転勝利するような物語ではない。

試合が終わってロッキーがどうなったのか心配で、ロッキーの名を叫びながらごった返す観客の中をエイドリアンが逆走して行き、彼女の帽子が脱げて、それが真上からのカメラで点景になる──というような終わり方をする映画でもない。

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Monday, April 12, 2021

NHK BSP 『流行感冒』

【4月12日 記】 NHK BSプレミアムで放送した『流行感冒』を録画して観た。めちゃくちゃ面白かった。1919年に発表された志賀直哉の同名の小説を原作としている。

時代設定はその前年の1918年(大正7年)の秋、スペイン風邪の流行に右往左往する人々の暮らしを描いた作品である。写実の名手と言われる志賀直哉のことであるから、恐らく本当にこんな感じだったのだろう。

さて、何が面白いって、どれもこれも昨今の日本の状況と同じなのである。

作家先生(本木雅弘)は、初めての子供を生まれてすぐになくしていることもあって、西洋で猛威を振るい日本にも上陸してきた流行感冒(スペイン風邪)が大事な娘に伝染るのではないかと気が気でない。

今年の村の運動会は中止にすべきであると村長に直談判に行く。ところが、村長と校長を交えて話した結果、準備してきたものは変えられないという理由で強行される。これ、村の運動会とは規模が違うが、根幹をなす理屈は東京オリンピックと同じではないか?

憤る先生は、運動会を楽しみにしていた娘の佐江子には絶対に行ってはならぬと言う。

とは言え、自分は仕事の都合で路面電車に乗って都心に出る。帰りには行きつけの飲み屋でちょっと一杯。でも、さっき聞いたばかりの「さ湯を飲むと流行感冒にはかからないらしい」という言説を信じて、一杯目は白湯を注文して主人(石橋蓮司)を驚かす。

今の人たちの振る舞いととてもよく似てはいないか?

飲み屋の主人は「先生、人間死ぬときは死ぬんだから」などと鷹揚だが、だんだん感冒が流行りだした頃になると、咳をしながら入ってきた客を有無を言わせず追い返してしまうようになる。

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Sunday, April 11, 2021

作家主義

【4月11日 記】 僕は映画を概ね監督で選んで観ている。Film1668918_640

それがごく一般的なことなのだと長らく思い込んでいたのだが、しかし、世の中には監督で選ばないどころか、誰が監督なのか全く知らないまま映画を見始めて、見終わってからも確認しない人がいる。

僕はそれが不思議で不思議で仕方がなかった。

しかし、それも仕方がないことだと気づいた。年に数本しか映画を観ない人には監督の情報が蓄積されないのだ。年に何十本か観て初めて、それぞれの監督の特徴や癖や志向性などが見えてきて、次に映画を選ぶときの材料になるのである。

それが証拠に僕は、邦画は監督で選んでいるが、外画はそうではない。外国映画はあまり観ないので、作品を選ぶための監督の情報を持ち合わせていないのである。

とは言え、もう少し洋画を観ていた時代には何人か好きな監督もいて(例えば、ウディ・アレン、テリー・ギリアム、デビッド・クローネンバーグ、エミール・クストリッツァ、ギレルモ・デル・トロなど)、そのうちの何人かはいまだに追いかけていたりもする。

小さい頃からずっとテレビを観ていて、ドラマの出来が脚本家の力量に大きく左右されるということはすぐに分かった。でも、それだけではなく、プロデューサーが誰なのかということも非常に大きな要素であることを、僕は中学時代に発見したのだ。

それは、当時プロデューサーという仕事が具体的に何をする人なのかは全く知らなかったが、「プロデューサー 久世光彦」と書いてあるドラマは全部面白いぞ!みたいな発見だった。

それが僕がテレビの仕事に興味を抱いた最初ではなかったかと思う。

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Saturday, April 10, 2021

企業のアプリについて思う

【4月10日 記】 どいつもこいつもアプリを入れろと言ってくる。

やれ、アプリをダウンロードすると○○円分のポイントが貰えるとか、やれ、当選の確率が2倍になるとか。

どうして企業はアプリをインストールしてほしいのだろうか? 僕は2つの意味で不思議で仕方がない。

  1. 企業にとって、アプリをインストールしてもらうことが売上増大に繋がるのだろうか?
  2. ユーザにとってインストールすることにどんなメリットがあると、企業は想定しているのだろうか?

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Thursday, April 08, 2021

The stone is gone

【4月6日 追記】 尿管の石の話の続き:

約1か月置いて泌尿器科に。例によって検尿があり、レントゲン撮影があり、そして診察室へ。

ところが石はいなくなっていたのである。なんだか宮本輝の『春の夢』のラストを思い出した(笑)

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Monday, April 05, 2021

NHK『星とレモンの部屋』

【4月5日 記】 NHK から録画しておいたドラマ『星とレモンの部屋』を観た。

どこからどんな情報を得てこれを録画しようと決めたのか、実はもう全く憶えていないのだが、放送から2週間以上経って観てみたら、これがあまりに面白くて、あまりによくできていて、慌ててネットで調べてみた。

この作品は日本放送作家協会主催の第44回創作テレビドラマ大賞に選出された佃良太による脚本を、NHK がテレビドラマ化したものだった。

佃良太という人がどういう経歴の持ち主なのかは分からないが、写真を見る限りはまだ若い人で、「シナリオ・センター」の8週間講座終了生だそうだ。映像化されるのはこのドラマが初めてなのだろう。

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Sunday, April 04, 2021

映画『ノマドランド』

【4月4日 記】 映画『ノマドランド』を観てきた。

ドキュメンタリみたいな映画だ。いや、新奇な情報が多いから、ついついドキュメンタリ的な見方をしてしまうのだ。

いやいや、これは本当にドキュメンタリみたいな映画でもあるのだ。主演のフランシス・マクドーマンドとデビッド・ストラザーン以外は全員本物のノマドで、彼らには台詞ではなく自分の言葉で自分のことを語らせ、それを映画的に構成したと言う。

それにしてもあまりにアメリカ的な映画だ。アメリカ的な新奇な情報に溢れた映画だ。一緒に見に行った妻が、「会社が潰れて社宅を追い出されたって、すぐにノマドになれるのは日本では清水国明ぐらいのもんでしょ」と笑っていたが、言いたいことは解る。

あまりにも広大な土地がある。まさに荒涼とした、バイソンしか歩いていないような道を改造バンで走る。何の物陰もないところで女性がパンツを下ろしておしっこをしても誰にも見つからない。

日本では車を駐めるところがまずないだろう。ものすごい山の中なら駐められるだろうが、ものすごい山の中では暮して行けない。

従業員が駐車場に車を駐めっぱなしにして、しかもそこで寝起きすることを許す会社が日本にあるだろうか?

年取ってから旅に出る人がどれだけいるだろうか? 自分で車を改造する高齢者がどれだけいるだろうか? 旅先で出会ったノマドに「やあ」と声をかけて気軽にタバコを恵んでもらったりできる人がどれだけいるだろうか?

みんないろんなきっかけから、多くは悲しい体験のあとにノマドの生活に入っているのだが、この放浪生活を、彼らは「アメリカの伝統」だと胸を張って言うのである。

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Saturday, April 03, 2021

映画『僕が跳びはねる理由』

【4月3日 記】 映画『僕が跳びはねる理由』を観てきた。自閉症を扱ったドキュメンタリだ。仕事上の関心もあって観たいと言う妻に僕がつきあったのではあるが、ものすごく興味深く観た。

発達障害のひとつとされる自閉症スペクトラム障害(ASD)だが、日本語にすると「発達」とか「自閉」とかいう言葉が間違ったイメージを呼び起こしてしまう。一般的に disorder を「障害(障碍)」と訳してしまっているのも如何なものかと思う。

ちなみに自閉症に当たる英語は austism(これが ASD の A だ。形容詞は autistic)で、この映画の中でも何度も耳にする単語である。

この映画は、自閉症者の東田直樹が 13歳の時に書いたエッセイ『自閉症の僕が跳びはねる理由』を、自ら自閉症の息子を持つ英国のベストセラー作家デイヴィッド・ミッチェルとその妻ケイコ・ヨシダが英訳した The Reason I Jump が元になっている。

これを映画化したのは、この映画にも出演している自閉症者ジョスの両親であるジェレミー・ディアとスティーヴィー・リーである。

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Friday, April 02, 2021

天気

【4月2日 記】  所謂「10年日記」の類(僕が今使っているのは「100年日記」だが)をつけるようになって、毎日の天気を記録するようになった。

人生で最初に天気を記録したのは、多分小学生時代の夏休みの宿題の絵日記か何かだったと思う。当時は天気予報の表記に倣って「晴れのち曇り」とか「曇り時々雨」とか書いていたように思うが、大人になっていざ天気を記録しようとすると、それほど生易しいものではないことに気づいた。

何しろ一日24時間もあるのだ。その間中天気は決して一定ではないのだ。もちろん一日中快晴とか朝から晩までずっと雨の日もあるにはあるが、そんな日は明らかに少数派である。

「晴れのち曇りのち晴れのち曇りのち晴れ」であれば「晴れ時々曇り」と言い換えることもできるかもしれないが、実際には「曇りのち晴れのち曇り一時雨で夜には少し晴れ間も出てきた」だったりするわけで、天気予報のように2要素以内で述べ切ることは至難の業だ。

そう考えると、天気を予報している人たちは何といい加減な仕事をしてるんだろう、という気にもなってくる(まあ、もちろん、そんなに細かく天気を言い当てることは無理なのではあるが)。

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