映画『まともじゃないのは君も一緒』
【3月20日 記】 映画『まともじゃないのは君も一緒』を観てきた。
前田弘二監督は、劇場公開映画のデビュー作となった『婚前特急』(2011年)を観てそこそこ面白かったのだが、王道の所謂スクリューボール・コメディで、僕が期待したようなひとひねり、ふたひねりある構成でもなかったのに少し失望して、その後は観ていなかった。
普段は大体監督で映画を選んでいる僕だが、今回は成田凌と清原果耶という、旬の組合せに惹かれて観たのである。2人とも同年代の俳優のレベルを突き抜けた巧い役者だと思っている。
で、『婚前特急』で前田弘二と共同で脚本を書いていたのが高田亮で、今回の映画でも彼がオリジナル脚本を物しているのだが、2人はアマチュア時代からのコンビなのだそうだ。
僕は高田亮と聞いて俄にピンとこなかったのだが、調べてみると『さよなら渓谷』、『そこのみにて光輝く』、『オーバー・フェンス』など、数々の名作を手掛けている名脚本家であった。
この映画はその2人のコンビが非常にうまく機能して、絶妙の会話劇になったと思う。これも所謂スクリューボール・コメディということになるのだろうが、僕は何度も声をあげて笑った。
予備校で数学を教えている大野(成田凌)は、パンフレットなどでは「コミュ障」的な書き方をされているが、こういう言い方でまとめてしまうと怒られるかもしれないが、これは典型的な発達障害、とりわけアスペルガー症候群ではないかと思う。
──ことばに極めて厳密で、融通が利かない。発想が直線的。相手の気持が分からない。でも、心は極めて純真である。結構愛すべき奴が多いのである。
僕は「普通」という言葉が大嫌いでなるべく使わないようにしているが、世間の人は「だって、普通はそうだろ?」みたいなことを軽く言う。普通って何だ? 僕にも分からないが、大野にも分からない。
大野のような人には「普通は」なんて言っても通じない。「10以上だったら右、未満なら左」というような言い方をしないと伝わらない。最初のほうのシーンで、女性から「好きです」と告白された大野が「定量的に言って」と返す辺りがめちゃくちゃ面白い。
秋本香住(清原果耶)は高校3年生、大野の生徒だ(マンツーマンで授業をしていたが、最近の予備校ではこういう形態の授業も多いのだろうか)。
香住は自分がずっと憧れてきた企業家・宮本(小泉孝太郎)に美奈子(泉里香)という婚約者がいたことに嫉妬して、2人を別れさせたいという邪な心から大野を美奈子にけしかける。
大野は自分の普通じゃないところを、人生で初めてはっきり指摘してくれた香住をすっかり信頼して、「先生はこのままでは普通に恋愛して結婚できないよ」という香住の脅しにも心がぐらつき、香住の言いなりになる。
で、香住が大野に恋愛指南するわけだが、実は香住は恋愛経験ゼロで、どうして人が人を好きになるのかさえ不思議で仕方がない。
このちぐはぐなコンビのちぐはぐな会話と行動が笑いを呼ぶのだが、間を置かず早口で取り交わされる会話がめちゃくちゃ面白い。予備校で向かい合っているシーンではカットバックだが、カットを割らずに長台詞の応酬を捉えたシーンも多く、これが絶妙に面白い。
で、誰でも想像がつくことだからここまで書いても良いと思うのだが、そんな香住がいつの間にか大野に惹かれてしまっていることに気づくという展開になる。しかし、きっとそうだろうと想像がつきながら観ていても、この映画の面白さは全く削がれることがない。
冒頭のシーンは成田凌が森の中に入って行って、耳を澄まして森の音を聴くシーン。なんでこんなシーンで始まるんだ?と思ったが、これが後のシーンに見事に繋がってくる。巧い脚本だ。
喜劇ではあるが、突飛な設定に頼るのではなく、深い人間洞察に基づいた脚本だから笑えるのである。そして、冒頭に書いたように成田凌も清原果耶も抜群に巧い。
何か賞を獲るような映画ではないと思うが、巧い脚本と巧い役者による、とても気持ちの良いコメディだった。
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