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Saturday, February 27, 2021

映画『三月のライオン』

【2月27日 記】 映画『三月のライオン』のデジタルリマスター版を観てきた。クラウドファンディングでミニシアターエイドを支援して、そのリターンとしてもらった無料鑑賞券を漸く使うことができた。アップリンク渋谷。

羽海野チカの漫画を大友啓史監督が神木隆之介主演で撮った『3月のライオン』ではない。『ストロベリーショートケイクス』や『さくら』の矢崎仁司監督による1992年公開の映画である。世界各国の映画祭で大きな話題を呼んだ作品だ。

まず思ったのは、この素晴らしい女優は一体どこに行ってしまったのだろう?ということ──主演の由良宜子である。僕は彼女の名前を聞いた記憶がない。調べてみても2001年を最後に出演作は途絶えている。このまま消えてしまったのだとしたら非常に残念だ。

間違っても実生活でこんなにぶっ飛んでて面倒くさい女の子とつきあいたいとは思わないが、女優としてはかなり好きだ。エロくて可愛くて健気で個性的──この映画の魅力は彼女の魅力に尽きると思う。

映画は何枚かのモノクロ写真と文字テロップで始まる。小さい頃からずっと兄を愛し兄を慕ってきた妹が、記憶喪失になった兄に対して自分はあなたの恋人だと偽って一緒に暮らす。そこまでのことを少年少女の幼少期の写真と文字情報で一気に伝えてしまってから映画は始まる。

ちょっと、そういう手法ってありかいな?とは思う。

兄はハルオ(趙方豪)、妹はナツコ(由良宜子)。ナツコは兄の前ではアイスと名乗っている。アイスは大きなアイスボックスを鞄代わりに持ち歩いて、そこに何でも入れている。そしてアイスキャンデーばかり食べている。兄は瓶のコーラばかり飲んでいる。

これはいつの時代なんだろう?と思う。コーラは缶ではなく瓶が普通だった時代。街路には公衆電話が立ち並び、そのガラスにはピンク・チラシが貼ってあった時代。バイクに乗るのにヘルメットが義務づけられてなかった時代。

1990年代初頭って、そんな時代だったか? なんか、もっと古い時代のように思える。

2人は、住民がどんどんいなくなって、恐らく近々取り壊されるのではないかと思われるボロいアパートに住む。ろくに家財道具もない。一人は床で、一人は破れたソファで寝る。拾ってきた冷蔵庫と、ランプとスタンドがひとつずつ。

しばらくして、ハルオは解体現場で働き始める。どんどん解体される古い家。それはその後に新しい建物が建てられることを意味する。そういうアゲアゲの時代なのだ。そしてそれは2人の貧しい生活との静かな対比になっている。

ナツコはポラロイドで自分の顔写真を撮り、それを電話ボックの中に貼りつける。余白には「外にいるよ」と書いてある。それを観た男たちが電話ボックスから出てきて声をかけ、彼女を買う。そもそも、入院中だった兄に彼女が持って行った衣装一式も客の男(内藤剛志)が寝ている間に盗んできたものだ。

ハルオはその服をいつもそのまま着ている。黒のソフト帽とサングラスとジャケットとサスペンダー付きのズボンが彼のトレードマークになる。ナツコのほうは乳首の透けたブラウスとミニスカート、赤いハイヒール、そしてバカでかいアイスボックス。中にはちゃんとドライアイスが入っている。

台詞は多くない。冒頭を除いて説明的な描写もほとんどない。ハルオは記憶が戻らない。アイスは「記憶が戻ったら出て行ってね」と言う。

作者は近親相姦が悪いとも良いとも言わない。兄を慕う妹を懲らしめるような展開にもしない。そこで描かれるのはただ愛であり、青春である。

シャワーを浴びているハルオに背後から洋服を着たまま飛びついて、「私が洗ってあげる」と言って、おんぶされた状態でハルオの髪を洗い始めるアイス。

解体現場の同僚と行ったスナックで「この人は記憶喪失なんだよ」と紹介されて、ホステスたちから握手攻めにされるハルオ。

帰ってこないハルオを待ちながら、床に寝そべって、冷蔵庫の上段の冷凍室の扉を足で開けて足でアイスキャンデーを取り出すナツコ。

手と足に釘が刺さって、少しずつ記憶を取り戻し始めるハルオ。同時に指から血を流すアイス。

なんかハルオの手足に刺さった錆びた釘みたいに、胸にガシガシ刺さってくるシーンが次から次へと出てくる。言葉で言い表せない深い感慨がある。これは映像の力である。観てよかった。すごい作品だ。

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