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Sunday, January 24, 2021

映画『さんかく窓の外側は夜』

【1月24日 記】 映画『さんかく窓の外側は夜』を観てきた。森ガキ侑大監督。本来は昨年 10/30 公開の予定がコロナ禍で延期になったのだが、新たな公開日が2回目の緊急事態宣言の真っ只中になったのはまことに気の毒だった。

大ヒットした漫画が原作なのだそうだ。

相沢友子の脚本が冒頭から手際が良い。霊視能力があるために友だちから疎まれた少年時代の三角康介(みかどこうすけ)。ディゾルブして現在の三角(志尊淳)に。

横断歩道を渡っているとまた霊が見えてビクつく三角。歩道を渡った先に冷川理人(ひやかわりひと、岡田将生)が立ってこちらを見ている。三角の能力に気づいたようだ。

そして、三角が勤務する書店にまた霊が現れる。そこに冷川が来て三角に触れる。彼に触れているとぼやっとしか見えなかった霊がはっきり見えると言い、手をかざして霊を消す。彼の名刺には「物件鑑定・特殊清掃」とあるが、要は除霊師である。

霊を怖がり、「僕の幻視です」と逃げる三角を、冷川は「君はこれまで自分が見てきたものを否定するのですか」と言って呼び止め、そして自分の助手になってくれと頼む。

設定がすっと入って来る巧い立ち上がり方だと思う。

そこに3人目のメイン登場人物として現れるのが、バラバラ殺人事件を追っている半澤刑事(滝藤賢一)。彼は2人と違って全く霊的な能力がない上、オカルト的なものを全く信じておらず、そのことが逆に2人にとっての力となる。

そして敵役として登場するのが女子高生の非浦英莉可(ひうらえりか、平手友梨奈)。彼女は待ち伏せしていた(のかな?)弁護士(北川景子)を一発で呪い殺す強い力を持っている。

ドラマは3人の霊能者の過去を小出しにしながら、少しずつ謎を解き明かして行く。臆病な三角、人間としての基本的な資質に欠ける冷川、そして間違った方向に針が振り切れてしまったヒウラエリカ。

そういう筋運びも面白いのだが、僕が思うにこの映画で非常に効果的だったのは、音楽とカメラだと思っている。

BGM というものは下手すると芝居の邪魔になるものだが、ここではシチュエーションに非常にマッチしていて、観客の不安や興奮をうまく引き出していた。

そして、近藤哲也によるカメラ。岡田将生はこの映画のポイントとして「衣裳と、カメラのアングルや綺麗な照明」を挙げているが、それよりも被写界深度を思いっきり浅くして、人物の背景をぼかしまくった画作りが非常に印象的だった。

衣裳の面で言うと、冷川と三角は黒を基調として、霊は全て白っぽくしたのが面白かった。普通は逆だろう。それから、原作通りなのかもしれないが黒い涙(あるいは、目からの出血?)や、ヒウラエリカに巻き付く黒い蔓のようなものも独特。

さらにこの作品の「結界」もユニークだった。六芒星と円を組み合わせた魔法陣みたいな西洋風のものであるか、あるいは注連縄に紙垂(しで)を垂らした和風のものかが一般的だと思うのだが、ここでは三角形で、しかもそれを蛍光灯を繋いで作ったのだそうだ。そう言われるとなるほどそんな光だった。

そういう全てが映像作品としての完成度を上げていたと思う。

ラストがまた秀逸である。これは続編を匂わせたのかと思ったが、そうではなく、監督の解釈によるものだった。つまり、(ネタバレになるので書けないが)言わば“必然的な報い”なのだ。

岡田将生はやっぱり巧いし、志尊淳も個性をよく表現していた。そして、『響 -HIBIKI-』で度肝を抜かれた平手友梨奈はここでも圧倒的な存在感だ。

半澤刑事の捜査の進め方が日本の警察にはあり得ない粗雑さという恨みはあったが、全体的に作りが巧いし、しっかり芯がある。

『おじいちゃん、死んじゃったって。』『坂の途中の家』『時効警察』と、過去作を並べてみると、森ガキ監督の器用さというべきなのか幅広さと言うべきなのかが分かる。

とても面白かった。本当に続編作っても良いんじゃない?

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