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Sunday, November 22, 2020

映画『さくら』

【11月22日 記】 映画『さくら』を観てきた。

なんという切ない映画だ。そして、なんという愛おしい映画だ。

僕は長らく矢崎仁司監督の名前を失念していた。この映画を見る前も、なんとなく名前に記憶はあるのだが、作品を見たことがあったかな?とぼんやり思っていた。それが、この映画を観ている途中で電撃的に思い出した。

そうだ、このテイストはあれだ! 『ストロベリーショートケイクス』を撮った人だ。

あの映画も同じように、飛びっきり切なくて、飛びっきり愛おしい映画だった。僕にとっては14年ぶりの矢崎仁司だ(いや、ちゃんと調べてみると違った。2014年の『太陽の坐る場所』も観ていたのだが、これは若干期待外れで、僕としては珍しくはっきりと残念だと書いている)。

予告編を観たのか役者の顔ぶれだけで決めたのかは憶えていないが、僕は早くからこの映画をマークしていた。そして、映画通の知人が褒めているのを知り、今日観に行った。観て良かった。圧倒的な作品だった。

なんという切ない映画だ。そして、なんという愛おしい映画だ。

どんな筋なのか全く知らずに行ったので、最初はこのストーリーがどっちを向いて転がって行くのか探りながら見ており、従ってやや入り込めない感じもあったのだが、途中からは完全に引き込まれた。

出てくる家族は普遍的な設定ではない。しかし、普遍的でないからこそ逆にものすごいリアリティを以て、生きる苦しみや仄かな希望をそれぞれの観客の胸に、それぞれの形で伝えることができるのだ。

出だしは、今は東京の大学に通っている長谷川家の次男・薫(北村匠海)が大阪の実家に帰省するところから始まる。それは2年前に家出をした父・昭夫(永瀬正敏)が帰ってくるからだ。

帰ってきた父を迎えるのは母のつぼみ(寺島しのぶ)と妹の美貴(小松菜奈)、そして飼い犬のさくら(ちえ)である。父が何故家出をしたのかはこの時点では明かされないし、父自身も語らない。しかし、家族の誰も父を責めたりしないし、恨んでもいない。

そして、部屋には長男・一(はじめ、吉沢亮)の写真もあるが、彼の姿は見えない。

映画はそこから薫の一人称の語りで進められる。

長谷川家の家族は高台の一軒家に住んでいる。真面目で家族思いの父が頑張って手に入れた家である。母はまだ幼い末娘に対して両親のセックスについて説明してやるなど、あっけらかんとして明るい女性だ。

そして、兄の一はスポーツが得意で格好良くて学校中の人気者で、弟の薫は勉強ができるがそれをひけらかしたりしないので、これまた女生徒たちに人気がある。そして妹は小さいときから一が大好きで、ずっと一にまとわりついている。

それがどうして、子どもたちではなく、父親が家出をするような事態になったのか、それがこのあと語られる。長い話だ。子どもたちの幼少の頃から高校を卒業して大学生になる辺りまでが語られる。

薫と美貴が生まれたばかりの子犬をもらってきて、さくらと名付けるまでの話。一が家に連れてきた初めての彼女・矢嶋さん(水谷果穂)に美貴が強烈な拒否反応を示す話。薫が同級生のゲンカン(山谷花純)に誘惑されて童貞を失う話。美貴に初めて同性の親友・カオル(小林由依、欅坂46)ができるが、あまりに仲が良すぎてレズではないかと噂される話、等々。

これから映画を見る人のことを考えると、これ以上詳しくは書けない。本当に切なく愛おしい話だ。そして、ほとんどあらゆるシーンに愛犬さくらが名演技で絡んでいる。監督は彼らの悲劇に優しく寄り添っている。そして、スクリーンの中の彼らはその悲劇を切り抜けて、明日からも生きて行くのだ。

永瀬正敏も寺島しのぶも吉沢亮も北村匠海も、皆巧い役者だと思うが、小松菜奈の演技には度肝を抜かれた。僕は他の家族に対してはそれなりの愛着を感じるのに、彼女に対してだけは、一体何を考えているのかよく理解できず、ずっと共感が持てなかった。

それが、最後には圧倒的な共感を得られた。押しつぶされるような思いだ。

小松菜奈は初めて見た『渇き。』(彼女のデビュー作でもある)のときから「すごい娘が出てきた!」と僕は唸ったのだが、その後の伸びも素晴らしく、もはやこの世代では突き抜けた存在になっている。

これ以上は書かないので、とにかく観てほしい。

原作は西加奈子だ(僕は『サラバ』しか読んでいない)。脚本は朝西真砂(あさにしまさ)。『太陽の坐る場所』がデビュー作の、ずっと矢崎監督とコンビを組んでいる人。そして、撮影は石井勲。『ストベリーショートケイクス』を撮った人だ。

久しぶりに胸にガツンッと響く映画を観た。と言うか、胸をえぐられるような思いだった。西加奈子の原作も読んでみたい。

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