『パンとバスと2度目のハツコイ』
【11月9日 記】 WOWOW から録画した『パンとバスと2度目のハツコイ』を観た。
今泉力哉監督の映画が何故面白いかと言えば、当然そこにはいろいろあるわけで、で、そのいろいろは当然映画の撮り方の話なのだが、しかし、それは万人向けの話である。
僕が何故こんなに今泉力哉が面白いのかと言うと、それは僕と発想や感性が似ているからだと気づいた。
美大をやめて今はベーカリーで働いているふみ(深川麻衣)は、2年間つきあった彼氏にプロポーズされて断った。それは自分がずっと愛され続ける自信も愛し続ける自信もなかったから。
ふみは彼氏に「あなたが今までつきあった女の子と私はどこが違うの?」と問う。その裏には、今までも好きだった彼女と別れてきたじゃないの、という含みがある。彼氏は当惑して言う。「そんなこと言ってたら誰とも結婚できないじゃないか」と。ふみは返す。「でしょ?」って。
それは僕が独身のころ、と言うより、まだ学生時代、結婚がまだ遠い現実、いや、まるっきりの非現実であったころに時々不思議に思っていたことと全く一緒だ。
ふみは中学時代の初恋の相手で、今はバス会社に勤めるたもつ(山下健二郎)と思いがけなく再会する。たもつが勤めていたのは、ふみがいつも仕事帰り(と言っても毎日3時半に起きてベーカリーに行くのでまだ朝だ)にバスが機械で洗車されるのを眺めていた会社だった。
ふみは後にたもつに洗車中のバスに乗せてほしいと頼む。その感じも僕はすごくよく分かる。そして、それを撮りたいという気持ちも。そう、今泉力哉は洗車中のバスの中から外を見ている女性を、外から、洗車用のブラシの間から、水の滴るガラス越しに撮りたかったのだ。
コインランドリーに何故だか孤独に関する本ばかり置いてある。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』の背表紙が映る。そして、いろんな本の中からふみが手に取るのはポール・オースターの『孤独の発明』だった。これも僕の大好きな作家だ。
ふみとたもつの同級生で、ふみに「告白した」さとみという女性の話が出てくる。現実に彼女が出てきたら演じているのが伊藤沙莉で嬉しくなった。彼女も僕の大好きな女優だ。
結局人をずっと好きでいられるのは片思いだからなんだ、という発見めいた台詞がある。それはちょっと淋しい考え方なのかもしれない(そう、そんなこと言ってると、誰とも結婚できない)。
でも、そこには好きだという温かい気持ちが溢れ出ているのである。それはそのまま次作の『愛がなんだ』に繋がっている気がした。
ふみが妹の二胡(志田彩良)にどの服を着ていくか選んでもらう姿を右にパンし続けて描くトリッキーな映像とか、ふみとたもつと二胡がふみのアパートにいて、順番にひとりずつトイレに立ち、残ったふたりずつが会話をする長い長いワンシーン・ワンカットとか、確かに映像的な面白さもあるのだが、それが全てではない。
何と言うか、発想や感性、いや、人生観とでも言うべきものが僕と非常に似通っているのである。
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