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Friday, October 30, 2020

映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』

【10月30日 記】 映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』を観てきた。

コロナの影響もあって10月は観たい映画の封切りが集中したため、何を採り何を棄てるかが悩ましいのだが、この映画は是が非でも観なければならない。

客はシニア層だけかと思ったら、結構若い人もパラパラいた。ただし、女性はほとんどいなかった。

ザ・バンドについては僕は遅れてきたファンだ。何と言っても『ザ・ラスト・ワルツ』からのファンなのだから(笑)

でも、解散してから遡って聴き始めた(もちろん解散前から社会現象としては知っていたのだが)ビートルズと違って、かろうじて解散には間に合い、あの素晴らしい解散コンサートを(もちろん現場にいたわけではないが)リアルタイムで(つまり、レコード発売と同時に)聴けたのである。

ザ・バンドの魅力は何と言っても楽曲の素晴らしさ、そしてアレンジメントの独創性、ハーモニーの美しさ、つまりはバンドとしての完成度の高さなのだが、決して忘れてはいけない、と言うか、忘れようとしても忘れられないのが、ロビー・ロバートソンの、誰にも真似のできない、天上天下唯我独尊のギター・プレイである。

どこからあんなフレーズが出てくるのか想像がつかない独特のフレーズ、そして、どうやったらあんな音が出せるのか不思議で仕方がない奏法。

間違いなく彼は世界のロックの歴史の中で最高峰のギタリストであり、唯一無二のミュージシャンである。

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Tuesday, October 27, 2020

サラリーマンをバカにしてはダメよ

【10月27日 記】ある人が twitter でリツイートしているのを読んで、久しぶりに聴きたくなった。

その人(リツイートされた記事を書いた人)は、最後には離婚して自分を捨てた父親だが、それでも毎朝満員電車に乗って会社に通い、自分を育ててくれたことを感謝すると書いていた。

知らない人だったので、メンションやコメント付きリツイートをして、直接絡むようなことはしなかった。ただ、無性にこの歌を聴きたくなったので YouTube で検索して、何年ぶりかで聴いた。

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Sunday, October 25, 2020

映画『きみの瞳が問いかけている』

【10月24日 記】 映画『きみの瞳が問いかけている』を観てきた。1日に2本映画を観るのは久しぶりだ。

僕はこの手の映画は本来好きではないのだが、監督が普段から大の贔屓にしている三木孝浩だから仕方がない。

筋は茶番、とまで言うとファンの怒りを買うかもしれないが、要するにこの手のジャンルの作品のパタンをしっかり踏んでオーソドックスに作った映画である。

若い男女の恋愛物語。どちらか一方は肉体的なハンディキャップがあったり、暗い過去を抱えていたりする(今回は両方だ)。全くの初対面だと思っていた2人が実は昔いろんなところで繋がっていたりする場合もある。

そして、その肉体的ハンディキャップ(今回は目が見えないということ)は、ある時点で、手術を受ければ治る可能性があることが示される(これも予告編に出ていたので、ここに書いても良いだろう)。そして、その手術を受けるためには大金が必要だ。

ネタバレになるので詳しく書かないが、目が見えなければ相手の顔が分からない。そういうところを巧く活かしたストーリー展開になっている。脚本(登米裕一)は巧いね。目が見えない分、敏感になる匂いや物音、音楽といった要素を上手にあしらってある。

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Saturday, October 24, 2020

映画『空に住む』

【10月24日 記】 映画『空に住む』を観てきた。青山真治監督の、『共喰い』以来7年ぶりの新作長編である。脚本は『クリーピー』や『RED』を手掛け、自ら何本か監督も務めてきた池田千尋である。

観ている途中で思ったのは、よくこんな筋で映画を撮ろうと考えたもんだ、ということ。大して何も起こらないのである。

いや、もちろんそれぞれの生活の周りでいろんなことは起こっている。でも、それらは決して映画のストーリーをドライブしないのである(この微妙な表現、お解りいただけるだろうか?)。

青山真治ってやっぱりタダモノではない。どこがどうだと名状しがたいのだが、画面全体から底力みたいなものが伝わってくる。

原作となった小説を書いたのは、EXILE の座付作者みたいな形で詞を書いている人だそうだから、恐らくこの映画は LDH側が企画して青山真治監督に提示されたのだろう。でも、出来上がりは完全に青山ワールドで、主題歌と岩田剛典を除いて LDH色はない。

原作者によると「原作を忠実に描いたシーンと原作にはないシーンが半々ぐらいで構成されて」いるとのことだ。

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Friday, October 23, 2020

棄てたい

【10月23日 記】 「この服、もう棄てようかな」と僕が言うと、妻が「置いといたら? また着るかもしれないし」と言う。

よくこんな風に言われる。妻にしてみれば良かれと思って言っているのだろうが、僕にはこれがストレスになる。

「いや、どうしても棄てたい。棄てないと次に行けない」と初めて口に出して言ってみた。妻はきょとんとして、何も言わなかった。

そうか、妻にはそういう感覚も発想もないのか、と僕は改めて気づく。

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Tuesday, October 20, 2020

筒美京平さんに3(part4)

【10月20日 追記】 ダメだ。何度選び直しても、あ、あの曲を忘れてたというのが出てくる。

5曲増やして 25曲にしてみた。これで本当に終わり。

何故なら、これ以上増やしてしまうと、さすがに僕も『また逢う日まで』や『真夏の出来事』、『なんてったってアイドル』、『魅せられて』、『強い気持ち・強い愛』などを選ばざるを得なくなって、他の人が選んだリストとの差異が小さくなってしまうから。

加えたのは伊東ゆかりの『誰も知らない』、坂本スミ子の『夜が明けて』、かまやつひろしの『青春挽歌』、松本伊代の『ビリーヴ』、小泉今日子の『夏のタイムマシーン』、中川翔子の『綺麗ア・ラ・モード』の6曲。

合計 26曲になってしまうので、唯一の B面曲だった小川みきの『乱暴な少年』を外した。

以下がリスト:

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Monday, October 19, 2020

『青春の門 風雲編』五木寛之(書評)

【10月19日 記】 高校時代から熱中して読み始めた『青春の門』。あの頃はクラスメートの多くが読んでいた。

第1部「筑豊篇」、第2部「自立篇」、第3部「放浪篇」、第4部「堕落篇」、第5部「望郷篇」、第6部「再起篇」、第7部「挑戦篇」と読み進んできたが、最初に読んだのはもう何十年も前だ。残念ながら最初のほうの記憶はかなりおぼろげである。

このブログには何度も書いているが、そもそも僕は読んだ本も観た映画もすぐに忘れてしまう。「筑豊篇」から始まってここまでの筋をしっかり憶えたまま読み進むなんてとても無理な話だ。

いや、それどころか、直前の「挑戦篇」の記憶さえほとんどない。調べてみたらそれも無理はない。「挑戦篇」を読んだのでさえ9年も前だ。

だから、今回「風雲篇」を読み始めても、「えっと、この人はどういう人だっけ?」、「あれ、なんでこうなったんだっけ?」みたいなことの連続で一向に要領を得ない。

でも、それにも関わらず、面白いのである。面白いから読み進むことができる。読み進むとまた面白いのである。

そして、これはこの大河小説の特徴なのだが、信介はよく過去の出来事を回想する。それは筑豊での幼少時代から直前の江差での暮らしまで、長いレンジでいろんな時代を振り返る。

僕はそれを読んで、自分の脆弱な記憶力に少しずつ肉付けして物語を補って行くことができる。

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Saturday, October 17, 2020

映画『望み』

【10月17日 記】 映画『望み』を観てきた。

僕は大体監督で映画を選んでいるが、たまに脚本家で選ぶこともある。今回はその最たるもので、奥寺佐渡子が目当てである。

10月は観たい映画が目白押しで、何を観て何を棄てるかをしっかり決めて行かなければならない。

監督としては堤幸彦より大森立嗣のほうが好きだが、脚本家としては大森立嗣より奥寺佐渡子のほうが好きだ。そういうわけで『星の子』を棄てて『望み』を選んだ。

4人家族の話だ。

父親の石川一登(堤真一)は自分で設計した自宅の隣に事務所を構える建築士である。母親の貴代美(石田ゆり子)は家で出版物の校正の仕事をしている。

息子の規士(岡田健史)は高校生。試合中に怪我をしてサッカーを諦め、その後は自分のやりたいことが見つからず、いつも鬱々としている。妹の雅(清原果耶)は来年高校を受験する、成績優秀で明るく素直な娘。

この一家に事件が起きる。

それまでも時々外泊することもあった規士と連絡が取れなくなり、警察がやってきて、規士のクラスメイトが殺され、現場から2人の少年が逃げるのが目撃されたと言う。そして、無理やり取材に押しかけてきた雑誌記者・内藤(松田翔太)に、行方不明の少年はもうひとりいると教えられる。

果たして、規士はクラスメイトを殺して逃げているのか、それとも、規士とクラスメイトの2人が殺されて、犯人の2人が逃げているのか。

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Friday, October 16, 2020

筒美京平さんに2(part3)

【10月16日 追記】 どうしてもあと 10曲選びたくなった。前に書いたとき、「あくまで京平さんが亡くなったことを知った日に僕がたまたま選んだ 10曲である」と書いた。

そういう位置づけが良いと思ったし、本来であれば潔くそこで断ち切るべきで、追加するなんて無粋なことである。

でも、どうしても取り落した曲があるのだ。それをここに書く。

  • 渚のうわさ(作詞:橋本淳、歌:弘田三枝子、1967年)
  • スワンの涙(作詞:橋本淳、歌:オックス、1968年)
  • さすらいの天使(作詞:橋本淳、歌:いしだあゆみ、1972年)
  • ふたりは若かった(作詞:阿久悠、歌:尾崎紀世彦、1972年)
  • 芽ばえ(作詞:千家和也、歌:麻丘めぐみ、1972年)
  • 小さな体験(作詞:岩谷時子、歌:郷ひろみ、1972年)
  • ひとかけらの純情(作詞:有馬三恵子、歌:南沙織、1973年)
  • 甘い出来事(作詞:安井かずみ、歌:小川みき、1974年)
  • 汚れなき悪戯(作詞:安井かずみ、歌:豊川誕、1975年)
  • 君だけに(作詞:康珍化、歌:少年隊、1987年)

もちろん、これも明日選び直したら1曲も重ならないのかもしれないのだが。それでも書かずにいられなくなるのが筒美京平さんなのである。

そして、10曲追加したことによって、京平さんと組んだ作詞家のうち、僕が敬愛してやまない人たちはほとんど網羅できたと思っている。

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Thursday, October 15, 2020

音楽追悼文集目次

【10月15日 記】 先日亡くなった筒美京平さんについて書き、その後、筒美京平さんとも何度もコンビを組んでいて昨年亡くなった有馬三恵子さんについて書き、僕が思い入れのあるミュージシャン、作曲家、作詞家について書いた文章が溜まってきたので、音楽追悼文集の目次のページを作った。

trivialities音楽追悼文集

PC でお読みいただいている方には、左カラムの「鑑賞リスト」の中にもリンクが置いてある。

2006年の宮川泰さんから 2020年の筒美京平さん/有馬三恵子さんまで、今のところ 15人、17編。

志村けんさんだけは、人物としても文章としても少し毛色が違うが、彼も優れた音楽評論家であったことを僕はつい最近知った。

人が死ぬのは悲しいことだが、死ぬことで最後に思い出してもらえることがたくさんあるのは喜ばしいことだと思う。もちろんそれを本人が喜ぶことはできないにしても。

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Wednesday, October 14, 2020

有馬三恵子さんのこと(筒美京平さんに part2)

【10月14日 追記】 10/12 に「筒美京平さんへ」というタイトルで短い文章を書き、僕の好きな 10曲を、その日限りのものとして選んでみた。

みんな趣味はいろいろだから京平さんの好きな作品を挙げろと言われたらかなりのバラツキが出るだろうし、僕は僕で定番の曲は意図的に少なくした面もあるのだが、それでもかなり多くの筒美京平ファンの人が「あれ?そうだとしても、なんでアレが入っていないんだ?」と思ったはずである。

そう、それは南沙織のレパートリーである。僕も最初は選ぼうとしたのである。だが、結局選ばなかった。

どれを選んでも筒美京平の作品と言うよりも有馬三恵子の作品という感じがしたからである。

10/12 に挙げた曲を改めて眺めてみると、自分が選んだ 10曲でありながら、そこにクレジットされている作詞家たちのすごさに今一度圧倒される。

筒美京平と言えばまず思い出す作詞家は橋本淳だろう。若いファンなら松本隆を思い出す人もいるだろう。そこに加えて北山修がいて、安井かずみがいて、秋元康もいて、なんと川内康範などという大御所もいる。

それらの作詞家はいずれも、筒美京平との組合せががっちりとハマって見事な共同作品を作り上げているように見える。

だが、有馬=筒美作品だけはどうしても「有馬三恵子の作品」の印象がくっきり立ってしまって、筒美京平がやや後方に退く感があるのである。

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Tuesday, October 13, 2020

ジャニヲタのちから

【10月13日 記】 ここでのペンネーム yama_eigh とは別名で、もう 11年以上 twitter をやっているのですが、折に触れてジャニーズ事務所や新しい地図の所属タレントのファンの皆さんの結束力とネットワークに驚かされることがあります。

これまでに私が呟いた粒の中で、一番たくさん「いいね」がついたのが、嵐の大野智さんが主演した映画『忍びの国』 についてのものでした。このときについたのが約1500。

ところが先日、草彅剛さんが主演した映画『ミッドナイトスワン』について呟いたら、今日の時点で 2000超の「いいね」。あっという間に記録は更新されました。

もっとも、『忍びの国』のときは 30万imp を超えましたが、こちらはまだ 2.4万imp ぐらいです。

ただ、これは昨今の twitter の使い方が、かつてはリツイート主流だったのが「いいね」主流に変わってきていることの影響もあるでしょうし、呟いてからまだ日が浅いので、最終的にどこまで伸びるか、予断を許さないところです。

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Monday, October 12, 2020

筒美京平さんに

【10月12日 記】 筒美京平さんが亡くなった。戦後の和製ポップス/J-POP の世界で、他の誰にも到達できない最高の作曲家だったということに、異論を差し挟める者はいないだろう。

僕なんぞがあれこれ言うことは何もない。だが、京平さんの曲に想い出は山ほどある。

それで、京平さんの訃報を知ったこの日に何かをしたいという切実な思いに駆られて、彼の膨大な作品の中から僕の好きなものを 10曲選んでみた。

京平さんのベストテン、などと言うつもりは全くない。明日また 10曲を選び直したら1曲も重ならないかもしれない。10曲しか選ばないというのはそれほどまでに無謀な試みである。でも、選んでみた。

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Saturday, October 10, 2020

映画『ミッドナイトスワン』

【10月10日 記】 映画『ミッドナイトスワン』を観てきた。

とても美しい映画だった。バレエ教室と劇場と海岸──何箇所も出てくるバレエのシーンをとてもきれいに撮っていたのがまずは印象的だが、バレエのシーンだけではない。

まずは冒頭のショーパブの楽屋。凪沙(草彅剛)をはじめとする4人のトランスジェンダーが 180度くるっと回って赤いトウシューズを履くシーンからすでに美しい。

場末の感じのショーパブの楽屋も、凪沙が暮らすアパートも、決してきらびやかでも小ぎれいでもないのに、映像としては美しい。レインボーブリッジも、東京の夜の空撮も何もかも本当に美しく撮ってある。

海辺で一果(服部樹咲)がバレエを舞い終わって、振り返ったら、画面の左奥に一果、右の手前に凪沙の後ろ姿──これは一例だが、すべてのカットの構図が素晴らしいと思った。

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Friday, October 09, 2020

降水確率100%

【10月9日 記】 台風が接近しているためか、「降水確率100%」という天気予報を久しぶりに見た。

よく言われることだが、降水確率10%なら小雨で、降水確率90% だったら大雨というわけではない。でも、なんとなくそういうイメージで捉えてしまっている人もまだいるようだ。

改めておさらいすると、「降水確率10%」というのは、この予報が 100回出たらそのうち 10回は雨が降るという確率予報である。雨が降る量や時間や勢いとは関係がない。

しかし、面白いなと思うのは、これは予報であって結果を集計したものではないということ。つまり、「降水確率10%」の予報を出した日を 100日集めてそのうち本当に雨が降った日が何日合ったか数えてみたら10回だった、ということではないということである。

では、「降水確率10%」が当たった実績はこの10年間で何%なのか? 「降水確率10%」という予報が当たる確率はどれくらいなのか? ──などと考えていると、途端に頭がこんがらがってくる。

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Tuesday, October 06, 2020

(続)SML を考える

【10月6日 追記】 (昨日書いた記事の続き) そんなことをいろいろ考えていると、SML もさることながら、男物/女物という種別も時代に合っていない、と言うか、そっちのほうがヤバいのではないかという気がしてきた。

男物/女物と言うときの「男」や「女」が sexuality なのか gender なのかは知らないが、これだけジェンダー・フリーの世の中、と言うか、LBGTQ に配慮する、配慮できる世の中になってきたと言うのに、最初から「これは男の服、これは女の服」と決めつけるのは如何なものか。

もしも「男たるもの、こういう型の衣服をまとうべし」とか「女であればこういうデザインを選んで然るべし」などと考えて作っているのであれば、それはヤバい、と言うか、そういうことが問題になっても不思議ではないのではないかな、という気がしてきたのだが、違うかな?

その上、同じ Mサイズでも男物のほうが女物より大きいというのは、それで良いのだろうか、という気もする。小さい男の人だって、デカい女の人だっているのである。

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Monday, October 05, 2020

SML を考える

【10月5日 記】 妻がいつだったか米国に旅行したときに買ってきたTシャツが Sサイズなのにブカブカで、結局僕がもらいました。「男物の S だったのかな?」と妻は言うのですが、男の僕が着てもピッタリか、むしろやや大きいくらいです(特に丈が長い)。

僕は米国で衣服を買うときは大体 Mサイズで行けるので、このTシャツは一体何なんだろうと思いました。

それでふと思ったのですが、この SMLスタイルのサイズって何が基準なのでしょう? アメリカだから当然アメリカ人が基本なのでしょうが、じゃあ M は平均的アメリカ人のサイズなのでしょうか?

しかし、アメリカは人種の坩堝です。全人種の平均値でしょうか?

いや、この SMLスタイルは随分昔からあるので、歴史的に考えれば、当然コーカサス系(つまり白人)を念頭に置いて作られたのではないかと思います。しかし、それにしても白人の平均は本当にこの Mサイズなのでしょうか? そこがちょっと疑わしい気がします。

ただ、日本の有名スポーツ用品メーカーの人に昔聞いた話があって、男物は小さめに、女物は大きめに作ったほうが喜ばれて売れるのだとか。男性は自分の体が思ったより大きければ(肥満は別として)一般的に喜ぶし、逆に女性は自分が思っていたより下のサイズが入ると喜ぶのだそうです。

まさか、それを考えて白人の平均より少し小さめに Mサイズを決めたわけではないでしょうね。

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Saturday, October 03, 2020

映画『浅田家!』

【10月3日 記】 映画『浅田家!』を観てきた。

中野量太監督は、僕にはいつもお話が少しきれいすぎて、タイプとしてはそれほど好きな監督ではない。ただ、とても巧い監督だということは承知している。だから安心して観に行ったのも確かだ。

しかし、映画の冒頭に「この映画は事実を基に構成したものです」とか何とかいうテロップが出て、いきなりちょっとげっそり。僕はそもそもそういうことには若干の胡散臭さを感じるだけで、何の価値も魅力も認めない。

で、事実を基にしたせいで、主人公である浅田家は三重県の津市にあって、当然家族は全員三重の言葉で喋る。これまで三重の方言をあまり耳にしたことがないので確かなことは言えないが、どうもまともに三重弁が喋れている役者がいない感じがする。

映画が始まってしばらく、それが気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がなかった。どうせ喋れない役者を使うのであれば、無理やり事実に基づいて構成しようなんてせずに、舞台を他の土地に変えれば良いではないか、と腹が立った。

ま、しかし、それも観ているうちに慣れてしまったのか、あるいは映画の運びが巧いからなのかは分からないが、次第にあまり気にならなくなってきたから、良しとしようか。

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Friday, October 02, 2020

『正義を振りかざす「極端な人」の正体』山口真一(書評)

【10月2日 記】 僕は2016年に、本書の著者である山口真一氏が 田中辰雄氏との共著で出版した『ネット炎上の研究』を読んでいる。タイトルの示す通り、あの本はしっかりとした調査とデータに基づく学術研究書であった。

その中で一番インパクトの大きかった事実は、「炎上参加者はネット利用者の 0.5%だった」ということであり、さらには我々が炎上参加者に対して勝手に思い込んでいたイメージ(低収入、低学歴、独身のネット・ヘビー・ユーザ)は正しくなかったことも思い知らされた。

今回はその山口氏が単独で物した本で、前作と同じく正真正銘の学術研究書であり、決してライトなエッセイなどではない。だが、前作より読みやすいのも確かである。

そして、上で「炎上参加者」と書いた人たちのことを、ここでは「極端な人」という、ややマイルドな表現で統一している。

それは炎上を目論む悪意のある人間を刺激しないためのネーミングなのではなく、あなたも私もちょっと極端になってしまうと攻撃者になってしまうのだという意味が込められているのである。

とにかく、ネットを使っている人は全員この本を読んだほうがいい。あるいは、読んだ人は読んでいない人に内容を教えてあげたほうがいい。こういうことを頭の中でしっかりと明文化することができていれば、僕らは炎上に加担しないで済むし、攻撃を受けても精神の安定を保つことができるかもしれない。

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Thursday, October 01, 2020

出張の PC を考える

【10月1日 記】 久しぶりに大阪の本社に出張に行ってきました。何ヶ月ぶりなのか定かでありません。

自分の出張に対する意識の変化については、出張前週の週末にここにこんなことを書いたりもしました。

で、思いのほうはそっちに書いたので、ちょっと物理面について書いてみたいと思います。

今回、実は初めて会社のノートパソコンを持って行きました。今までは個人所有のノートパソコンだったり、Chromebook であったり、iPad Pro であったりを持って行っておりました。

それは、従来会社の PC は持ち出しのための申請が必要であったことからも分かるように、そもそもあまり社外に持ち出すものではないという解釈のもとで、会社側も社員も使用を限定していた──ということが、まず背景にあります。

私自身も出張前日に会社の PC を持ち帰るのを億劫に感じていたので会社の PC で出張に行く頭はありませんでした。

それがここのところのテレワークの推進で、会社の PC を家に持って帰るのは、気がついたらいつの間にか当たり前のことになっていたのです。

そして、そう、実際会社の PC を家に持ち帰って仕事をしてみると、個人所有のデバイスで仕事をするより遥かにスムーズだということは、はい、この何ヶ月間かで如実に実感しましたからね。

それは、まあ、考えてみたら当たり前のことですね。

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