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Sunday, August 23, 2020

死にたいと思ったこと

【8月23日 記】 先日、何で読んだのか憶えていないのだが、誰かが「長年生きてきて今までに一度も死にたいと思ったことがない人はほとんどいないだろう」みたいなことを書いているのに遭遇して、心底仰天した。

みんなそんなに死にたいのか? 幸か不幸か、僕は死にたいと思ったことは一度もない。気になったので、すぐに妻にも訊いてみたのだが、彼女もないと言う。

比喩的にであればそういう表現が脳裏に浮かんだこともあったかもしれないし、「ああ、もう、ほんとに死にたいよ」みたいなことを口に出したことも、あるいはあったかもしれない(そんな記憶はないし、自分がそんなことを言いそうな気もしないが)。

でも、それは本気で死ぬことを望んでいるわけではない。

予備校生の時に性格診断テストを受けたことがある。その予備校は生徒に対する管理がきついことで有名だったが、その一環で、入学間もない頃に確か全員受けさせられたのだと思う。多分、これから厳しい受験勉強生活に入るのに際して、自分の性格はしっかり掴んでおけ、ということだったのだろう。

いや、あるいはそれは個々の受験生のためではなく、予備校サイドが生徒の性癖を把握/管理するために実施しただけなのかもしれない。何故なら、その結果は書類で個人に通知されたりすることはなくて、もしも結果を聞きたいのであれば、一人ひとりが予備校職員に聞きに行く必要があったから。僕は同じ高校出身の友だち2人と一緒に行った記憶がある。

友人2人は結構いろいろ言われていたようだが、僕に対する通告は非常に短かった。

「あ、君は典型的な“ノイローゼ自殺型”。壁に突き当たるとすぐに自殺してしまう」

それで終わり。受験を控えた10代の少年によくそんなことを言うよなと思った。

しかし、それにもかかわらず、僕は死にたいと思ったことも、死のうとしたことも一度もない。会社に入って絶対イヤだった営業セクションで外回りの営業マンをやらされていたときも、毎朝(例外なく)通勤途上で吐き気を催して道端にうずくまったりしていたが、それでも死にたいと思ったことはない。

それに対して、殺してやろうと思ったことはある。何度かある。

最初は中1ぐらいのときかな。隣に住んでいた実の伯母の理不尽が許せなくて。

ちょうどドストエフスキーの『罪と罰』を読んだ直後だった。『罪と罰』を読んで「殺してやろう」と思うなんて、思考の流れとしては世間が求めるものの正反対なのだが、なんであれ、あの小説のように斧を振るって伯母を殺そうと思った。

あとは会社に入ってからも。上司の理不尽が許せなくて、殺してやろうかと本気で考えたこともあったかな。

でも、結局のところ、瞬間的に爆発した憤怒の炎を制御することができて、殺した後のことに思いを馳せてみた結果、殺すのはやめた。

殺したあとのことを考えて殺すのはやめたぐらいだから、死ぬのはやめるに決まっている。だって、死んだあとのことを考えるも何も、死んでしまうと考える主体である自分が存在しないのだから。

──我思う、故に我あり。いや、我悩む、故に我あり、が僕のモットーである。

ま、もちろん、あとのことを考えられなくなってしまったからこそ、死にたいなんて思うのだろうけれど…

しかし、それにしてもあの時、「典型的な“ノイローゼ自殺型”」と言われて腹が立ったかと言えばそうではなく、「なるほど、そうなのか」と思ったのだが、その割には不思議なことにただの一度も本気で死のうと考えたことはない。

みんなそんなもんかと思っていたのだが、そうでもないのだろうか? 今回は純粋に驚いたのである。

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