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Tuesday, August 11, 2020

『映像研には手を出すな!』マスコミ試写会

【8月11日 記】 映画『映像研には手を出すな!』のマスコミ試写会に行ってきた。

すでに撮り終わっていたのだが、コロナのおかげでほとんどの映画館が開いていない時期に公開日がぶつかったため、4か月以上延期して 9/25 の公開となった。

僕は原作は読んでいない。が、湯浅政明監督が撮った NHK のアニメ版には正直言って嵌った。映像研の3人のキャラが見事だった。そして、恐らく多くの人がそうであったと思うのだが、とりわけ浅草みどりの VC を担当した伊藤沙莉の声に魅了された。

あれほどキャラの立った漫画/アニメを実写化すると聞いて「随分果敢なことを」と思ったのだが、あの3人を乃木坂46 の3人が演ずると聞いて、「それはないだろう。それは違うだろう」と思った。

特に浅草みどりが齋藤飛鳥というのはいくらなんでも違いすぎる。そして、いくらなんでも可愛すぎる。浅草みどりは外見的には可愛いキャラではない。それを少しばかり可愛い女優が演じるのでさえ違うと思うのに、齋藤飛鳥が演じるとなると、それはもう言語道断である。

浅草みどりを齋藤飛鳥が演じてしまうと、女子高生にして人気モデルでもあるという設定の水崎ツバメよりも可愛くなってしまう。それはいくらなんでもないだろうと思った。

まあ、あれだけの CG や VFX を駆使したわけだし、クオリティ には定評があるがそれなりに高いと言われる ROBOT が制作するわけで、結構なお金がかかったはず。それを回収しようとするなら、確かにファンの動員が読み込める乃木坂46 からまとめて3人というブッキングは考えられる線ではある。

ただ、いくらなんでも齋藤飛鳥はダメだろう。いくらなんでも可愛すぎる、と思った。

しかし、映画に先立って放送されたテレビ版(出演者も監督も同じ。そりゃそうだ、いっぺんに撮ったんだからw)を見て、なるほどこんな可愛い浅草みどりもアリなのだと感服した。

齋藤飛鳥はちゃんと猫背にして、ガニ股で歩いて、「ワシ」という一人称で喋り、帽子を目深にかぶって造形的な可愛さを薄めながら、極度の人見知りにしてヲタクの女子を見事に演じた。

そして、同じ乃木坂46 のチームメイトである山下美月と梅澤美波も、アニメのイメージを全く崩すことなく、とっても素敵な水崎ツバメと金森さやかを演じてくれた。

英勉監督はこう言っている:

で、齋藤さんはね、(中略)やるといったらやるし、腹を括ったときのカッコよさは、まだ 21歳とは思えないものがある。

今回の映画はそのテレビ版の続編である。

惜しむらくは最初の30分弱で、そのテレビ版をなぞったことだ。もちろんそれはテレビ版を見ていなかった人にも楽しんでもらうために必要な工夫ではある。

でも、必死でテレビ版を見ていた者にとっては、若干の懐かしさはあっても、全部すでに知っていることだし、逆にテレビ版を全く見ていなかった者に対しては、あの盛り上がりは伝わらないだろうと思う。

だが、そこを過ぎるとポンポンとテンポよく運び出した。この映画はやっぱり原作、アニメ、テレビドラマのどれかに嵌った人ほど楽しいだろうなと思う。

音響部の百目鬼の役に男優ではなく女優の桜田ひよりを持ってきたのも、却々ナイスなアイデアだったと思う。テレビ版ではほとんど活躍がなかったので、今回は嬉しかった。これまた原作のイメージを壊さないキャスティングだったのではなかろうか。

この物語は端的に言って物作りの楽しさを描いた映画である。とは言え、背景画に凝る浅草、人物を動かす水崎という2人のクリエイターの話に終始するのではなく、「ほんとにクリエイターってやつは面倒くさい」と何度もキレながらプロジェクトを完遂して行ったプロデューサー役の金森の姿も生き生きと描いている。

そこが一番ステキなことだ。

そして、最後の台詞が導かれる。知っている人は「あ、あの台詞が来るぞ!」と思う。そして、多分あの台詞でこの映画を〆るのだろうと見抜く。

ちょっと端折りすぎた感がないでもなかったのだが、しかし、結構カタルシスがあった。良かったなと思う。

テレビ版にはいなかった浜辺美波がゲスト出演している。

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