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Saturday, July 18, 2020

映画『ステップ』

【7月18日 記】 映画『ステップ』を観てきた。本来公開予定日であった 4/3 から、どれほどこの日を待っただろうか。

いや、昨年の 10/10 に映画『左様なら』を観たときに、映画が終わった後トークショーがあり、そこにゲストの飯塚健監督が登壇して、「いま、山田孝之くんとやろうと言っている企画があって」と言うのを聞いてから、どれだけこの日を待っただろう。

そう、『左様なら』の出演者で、あの時登壇していた日高七海も今日の映画に出ていた。小学校の教師の役だ。

僕は 2006年の『放郷物語』以降、ずっと飯塚健を追いかけてきた。ほとんどの映画とテレビ番組も観てきた。

さて、今回の映画は重松清の原作だと言うので、何か魔法とか奇跡めいたことが起きるのかと思ったら全く起きなかった。

いや、重松清の原作だからと書いたが、僕が彼の作品を最後に読んだのはもう何十年も前のことだ。だから、上の認識は間違っているのかもしれない。ただ、その時何を読んだのか全く憶えていないが、僕のイメージはそんな感じだった。

僕は重松清を1作か2作読んで、あまりにげっそりしてそれ以降は全く読んでいない。

僕にはそういう作家が何人かいて、例えば東野圭吾や湊かなえがそうなのだが、実はこの3人ともかなり多くの作品がテレビドラマ化/映画化されており、その多くが結構素晴らしい作品になっている。

それは、(最初に1~2作しか読んでいないのにそんな風に断定してしまうと怒られるかもしれないが)ストーリーをひねり出すのに汲々とするあまり非常に薄っぺらい人物しか描けていない作品であるが故に、逆に優秀な脚本家にとっては肉付けのしやすい作品なのではないかと思うのである。

ま、そんなこと書くとファンは怒るかもしれないが、これは根拠を挙げて議論しても仕方ないので、ま、そんな感じに読んじゃった人もいるんだ、と軽くスルーしてほしい。

妻を亡くした男性が一人娘を育てる話である。その課程で何がすごいことが起こるわけではない。

冒頭、壁に掛かったカレンダー1つと、そこに赤のサインペンで書き込まれた文字と、そこから伸びる線、そしてカレンダーから壁まで長くはみ出した線だけの、全く人が登場しないシーンで、誰かががメモを書いている最中に倒れて死んだということを観客に暗示する、非常に手際の良い出だしだ。

そして、壁にはみ出した赤い線に娘が成長するにつれていろんな落書きを描き加えて行くという設定。これは原作にはない、飯塚監督のアイデアらしいのだが、秀逸だと思った。

亡くなったのは武田朋子(川栄李奈)。残されたのは武田健一(山田孝之)と娘の美紀2歳(中野翠咲)。妻が死んで1年になる。忙しい営業職から総務部に異動させてもらい、なんとか娘の世話をしてきた。今日から美紀は保育園で預かってもらえる。

保育園にはケロ先生こと天賀みゆき(伊藤沙莉)という、きめ細やかな配慮のできる保育士がおり、会社にはいつまでも自分に目をかけてくれる元上司の榎本部長(岩松了)がおり、朋子の両親の明(國村隼)と美千代(余貴美子)や兄夫婦(角田晃広、片岡礼子)も優しく協力的だ。

ドラマは10年の月日を描いており、美紀の役は6~8歳は白鳥玉季に、9~12歳は田中里念に変わる。さっきも書いたように、何か突飛なエピソードがあるわけではない。ひたすら男親の育児が描かれる。

しかし、そこは飯塚監督のこと、クソ真面目な努力と根性の物語にはせずに、ところどころリアルな台詞やちょっとしたいたずらで笑わせてくれる。

亡妻の役で写真だけの出演かと思っていた川栄李奈が途中で別の役で出てくる。何だろうこれは?亡き妻と瓜二つの女性に会って健一が恋をするのか?と思ったらそうではなかった。でも、二役を演じさせているのにはちゃんとした意味があった。

そして、健一が恋をする相手は彼女ではなく、後半に出てくる斎藤奈々恵(広末涼子)である。当然、美紀との関係がいきなりすんなり治まるはずがない。

そして、奈々恵もそうなのだが、登場人物がみんな、あたり前のことなのだが、何か問題を抱えていたり、心に傷を負っていたりする。そういうところをものすごく優しく描いた映画だ。

僕は不覚にも2回落涙してしまった。

ひとつは、健一が美紀を迎えに行くのが遅くなってしまった日のシーン。保育園についたら美紀はケロ先生の腕に抱かれて眠っていた。そして、彼女が語りだす。話をひと通り聞いて、健一が美紀を自分の腕に引き取って抱き上げ、立ち上がる。

カメラは座っているケロ先生の目線で、健一を下から捉える。その後、ケロ先生も画面の端に映り込んでくるが、アングルはそのまま、ケロ先生は、台詞を言っているときもバックショットである。もちろん語っている内容があって落涙したのであって、カメラアングルに落涙したわけではない。

もう一箇所、病室で椅子に腰掛けた明に奈々恵が歩み寄って膝元に寄り添うと、明は無理して立ち上がる。ここも同じだ。奈々恵の目線で明は下から仰がれた構図になっている。

そんな手法は別に珍しいものではない。でも、ストーリーと台詞と一体になって、役者が魂を込めると、それは一気にグッと来る映像になるのだ。

この映画はきれいな結末を作らない。あ、ここで終わりなのか、と思う。

そう、人生はそれほどきれいに節目がつくものではない。美紀が中学生になったこの後も、きっといろんなことが起こるだろう。僕らはその余韻の中で穏やかな諦観と仄かな楽観を覚えながら映画館を出る。

良い台詞がいっぱいあって、上に挙げた役者たちが全員素晴らしい演技をして、とんでもない名作になったと思う。國村隼は多分今までにもいろんな助演賞をもらっているとは思うのだが、この作品でまた何か賞が獲れるかもしれない。

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