『サンセット・パーク』ポール・オースター(書評)
【7月11日 記】 ポール・オースターの作品は柴田元幸による翻訳が出るたびに読んでいるが、期待を裏切られたことがない。特に今回は1章1章を読み終えるごとに、「なんでこんなに面白いのだろう!」と驚いてしまった。
周知の通り、オースターは自分の作品の映画化を、プロデューサーとして自ら手がけたりもしてきたが、今回は彼の作品の中でもとりわけ映画的な小説だと思った。それはある種の群像劇だからだ。
主人公はマイルズ・ヘラーという28歳の男性だが、彼以外にも多くの登場人物があり、冒頭から暫くはマイルズの語り口で物語が進められるが、途中からは各章がそれぞれの人物の視点で語られるのである。
それはマイルズがまだ小さかった頃に離婚した父と母であり、それぞれの再婚相手であり、ビング、アリス、エレンという、後にニューヨーク市が所有する廃屋を不法占拠してマイルズと共同生活を送る友人たちであり、彼らのストーリーが、あるいは同じストーリーの彼らから見た側面が語られる。
だが、物語はこの小説のメインである共同生活の部分から書き起こされるのではなく、マイルズが公園でたまたま会ったピラール・サンチェスという南米系の女子高生に一目惚れするところから始まる。
そして、その2人の恋物語から、マイルズが十代のころに事故で義理の兄(父の再婚相手の息子)を亡くしたこと、彼が何もかもを棄てて家出をしてからもう何年も経っていること、友だちの少ないマイルズだが、高校時代からつきあいのあるビングとはずっと連絡を取っていることなどが語られる。
小さな、しかし、しっかりとした出版社を経営する父モーリス、今や全米で名を知られた女優になっているマイルズの産みの母メアリ、父と再婚した学者のウィラ、母と再婚したインディーズ映画のプロデューサー・サイモン、モーリスの学生時代からの友人で、今は大作家になっているレンゾー、アリスの交際相手ジェイクなど、多くの人物が、その喜びも苦悩も綯い交ぜに語られる。
そんな中で、僕は、(恐らく僕以外の誰もその部分にラインを引いたりしていないと思うのだが)マイルズの父モーリスが自分の母親を評する部分の描写がとてもリアルで、そして、この作家の心の中にある多分大きな何かなのだという気がして、非常に心に残った。
何としてでも雲の明るい裏側を、精神的勝利を探そうとする頑なさ、この上なく過酷な事実(夫三人の埋葬、孫の失踪、義理の孫の事故死)を前にしての「夜明け前が一番暗い」的態度。だが母はそういう世界の、ハリウッド映画の独善的決り文句を継ぎあわせた説教臭い宇宙の住人だった。
終盤になって主人公たちはとうとう市当局から立ち退きを命じられ、そして、ある日事件が起きる。そして、小説はぷっつり切れるみたいに終わってしまう。
おいおい、ここで終わってしまうのか、とため息が出る。ここで終わられるのは結構過酷だ。しかし、人生とは元々過酷なものなのかもしれない。
でも、本を読み終えた瞬間、僕は先ほど僕が引用した部分の描写に戻ってきた。それはマイルズの父がマイルズの祖母をやや揶揄するように評した部分だが、しかし、決して全面否定はしていない、愛がある部分なのである。
僕はそういう読み方でこの本を閉じた。
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