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Friday, July 24, 2020

映画『劇場』

【7月24日 記】 映画『劇場』を観た。

行定勲監督の新作が、東京23区内で渋谷のユーロスペース1館だけとはどういうことだ? 山﨑賢人と松岡茉優が出ているというのに?──と首を傾げていたら、テレビでこの作品の宣伝を見た。スポンサーは Amazon。

そうだった。この作品は映画館での公開と同時に Amazon Prime での配信が始まっているのだ。何かで読んではいたのだが、すっかり忘れていた。

で、コロナ禍の中、渋谷まで出向くことも考えたが、結局テレビ画面で Amazon Prime を観た。こういうケースは通常「映画記事(TV等での鑑賞分)」に分類しているのだが、今回は劇場公開中の作品なので「邦画記事リスト」にも入れておく。

で、この作品の原作は又吉直樹である。そのこともあってか、吉本興業が製作幹事を勤め、配給も吉本興業である。

山﨑賢人が珍しく見た目が汚らしい役柄で出ている。劇団「おろか」の主宰者であり、座付作者で俳優でもある永田。でも、彼の脚本も劇団の公演もけちょんけちょんに酷評され、客も不入りというどん底にある。

劇団員からは「永田さんは前衛を履き違えている。他の劇団はウチをバカにしている」などと言われ、逆ギレするありさま。

そんな中、ある日、画廊のウィンドウを覗いていたら、興味を持って同じように覗いてきた沙希(松岡茉優)と出会う。極度の人見知りで、おまけに金もないのに、永田は自分でも信じられないような積極性を発揮して、沙希をお茶に誘う。

彼女は中学から演劇をやってきて、上京して専門学校に通いながら女優を目指していた。そして、いつしか永田は彼女の部屋に転がり込んで一緒に棲むようになる。

とにかく松岡茉優がべらぼうに巧い。巧いだけじゃなくてめちゃくちゃ可愛い。

どこまでも素直で、ストレートに喜怒哀楽が外に出て、無邪気でおおらかで前向きで、微塵も疑うことなく永田の才能を信じていて、彼の自由にさせている。もうこんな子に惚れられたら何が何でも逃してはいけない、そんな存在である。

それに対して、永田のほうは、自分勝手で、極度のひとりよがりで、根拠のない自信とプライドがあり、他人の気持ちを考える気もなく、自意識過剰で自分については考えすぎ、周りについては勘ぐりすぎ、生活力もなく、毎日が逃避の繰り返しの、とんでもない奴である。

こういう人物を創作して、あたかもこういう人物の中に人間性の根幹が存在するかのように描くのが、恐らく太宰治フリークを自称する又吉直樹の作風なのだろう。

でも、僕ははっきり言って嫌悪感があり、永田には全く共感が湧かなかった。でも、その分、沙希に感情移入して見ることができた。

イライラしながら観ていて、なんでこんな奴に惚れるのかな、絶対もう別れたほうがいいよ、などと思うのだが、でも、恋愛ってそんなものであり、いつまでも永田を見捨てないからこそ沙希がいじらしく思えるのも確かである。

脚本が良い。ダイアローグが極めてリアル。人物を見事に描ききっている。てっきり伊藤ちひろかと思ったが、今回は蓬莱竜太。『ピンクとグレー』でも行定監督と共同で脚本を書いていた人だ。調べてみたら、なんと岸田國士戯曲賞を受賞しているではないか!

そして、映像の面から見ても、びっくりするくらい良い画、強く印象に残る場面がたくさんあった。

  • 同じところを原付きでグルグル回って走る永田を同じ地点でおどけて何度も迎える沙希
  • 自転車で夜の街を2人乗りで走るシーンでは、ひとりでべらべら喋る永田と終始無言の沙希
  • そして引っ越しの荷造りのシーン

荷造りを終えて、永田の話を向き合って聞いていた沙希が、途中から横を向いて頭の中にいろんなことを思い浮かべ始めるところが妙にリアルだった。

そして、ラストシーンへと繋がるあの“からくり”。

あの“からくり”は、どう見ても原作にはなかったはずだ。映画オリジナルの演出なんだろう。素晴らしい思いつきだ。

僕は永田に対して終始辟易しながら、それでも最後まで離脱しなかったのは、沙希が(あるいは松岡茉優が)いじらしかったからというだけではない。僕は、結局のところ、人と人とが惹かれ合う不条理の妙に取り憑かれて目が離せなくなったのである。

良い映画ってそういうものではないだろうか。めちゃくちゃ見応えがあった。

他に伊藤沙莉や寛一郎(佐藤浩市の息子)ら。King Gnu のボーカリスト井口理が人気劇団の花形作家役で出ていたが、なんだか雰囲気があって良かった。

しかし、それにしてもザ・ディランⅡが好きだなんて、一体いつの時代だか分からなくなった。それってまさに僕らか、あるいはもう少し上の世代だから。

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