『火星の人』
【6月13日 記】 『火星の人』を観た。Thanks Theater の1本目。池田千尋監督、31分、2019年。
「製作 映画美学校」というクレジットが出る。調べてみると池田千尋はこの学校の卒業生だが、制作年度を見ると在学中の作品や卒業制作などではない。
この作品を観ようと決めたのは池田千尋という名前に記憶があったから。何で見たのかなと思ったら、2016年の映画『クリーピー 偽りの隣人』では監督の黒沢清と共同で、今年の『RED』では監督の三島有紀子と共同で脚本を書いていた。
池田千尋は東京藝術大学大学院映像研究科監督領域の一期生だから、多分その時に黒沢清の教えを受けたのではないかと思う。
で、映画学校時代の習作ではなく、監督デビューした後の、何と言っても去年の作品だから、さすがにしっかり作られている。特に構図が素晴らしいと思った。これはプロの画作りである。スクリーンをバックに映写機の光を浴びて、人物の背後に相似形の影を見せる画も面白かった。
ちなみに撮影は星野洋行という人で、何本かの映画を撮っている。この映画では照明も兼務している。彼の経歴で一番有名なのは、インディーズでちょっと話題になった『先生を流産させる会』(この映画では照明担当)かな。
主演は鈴木美羽。全然知らなかったが『ニコラ』のモデル出身でアミューズに所属している。彼女が、あまり友だちもおらず、映画を撮ることだけが生きがいの女子高生の一希(かずき)を演じている。
一希は、同級生の父親の甘納豆製造工場で働いている35歳の小山田という男をひと目見た瞬間から、彼の映画を撮りたいと思う。この小山田を演じているのが松岡真吾。同姓同名の元Jリーガーとは別人で、どうやら映画美学校の卒業生のようだ。
彼は記憶障害で、いろんなことを忘れてしまうため、しょっちゅうボイスレコーダーに何かを吹き込んでいる。その姿を見た一希の頭の中で、「火星からやってきた一人ぼっちの宇宙人で、ボイスレコーダー以外に話しかける相手がいない」という妄想と言うか、構想と言うかが一気に広がって行く。
若さゆえの独善性を傍若無人に発揮して、一希は小山田に迫って行く。当然それは小山田にそのまま受け入れられはしない。小山田自身が大きな不安を抱えていることが、一希には読み取れないのだ。その辺の感じが上手に描かれている。
結末は書かないが、30分強の尺で、話はきれいにまとめられている。スタッフロール後の1シーンも、不必要なようでしっかり意味があるように思えた。
短尺の映画なので、めちゃくちゃ面白いと言うほどのことではないが、この監督の力量はよく解った気がする。
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